実録、ちょっと危なかった話
どうしてなのか、今となっては、良く思い出せない。私は、その電話のセールスマンと会う約束をしてしまった。電話は、うんざりするほどかかってくる。その大半は、家を建てたり、マンションを買ったりして、人に貸して、家賃収入を得ませんか? というものだった。しかし、このときは違った。節税の方法をレクチャーしてくれるという。そのせいだったのかも知れない。
しかし、どんな会社なのか気になった。早速、ネットで検索してみると……。
見事に何も出てこない。会社が自分で出しているホームページがないのも不安だが、実在する会社なら、誰かが、誉めるなり、けなすなり、何か一言くらい言及していても良さそうなもんだ。しかし、それすらない。1つもない。私は、とても不安になった。
翌日やって来たのは、2人組のビジネスマン。とりあえず普通に見えるビジネスマン。
そして、要求してきたのが、
「他の方に話を聞かれたくないので、我々だけで話のできる部屋を用意して下さい」
というものだった。
「あいにく、そんな都合のいい部屋はない」
と言えれば良かったのだが、なんだか言えなかった。ああいうのを押しが強いというのだろうか。
部屋に入って、テーブルを挟んで、2人組と向かい合って座った。
「実は私どもの社名は、本当は、〇〇〇〇と申します」
と、名刺を渡してきた。
(えー? なんで、嘘の社名教えたの? 事前に調べられたくないから?)
「それでですね、本日は、××さんに土地を買っていただいて、家を建てていただいて……」
(おいおい、結局、家賃収入話か? 節税どこ行った?)
はめられたのは明白だ。問題は、どう切り抜けるか、だ。
奴らに非はある。ありまくりである。社名が嘘。用件が嘘。
しかし、それらを指摘して、事態が好転するだろうか?
そんなものは、予想され、対策は練りまくられ、マニュアル化されているだろう。
だいたい理屈で追い詰めたところで、ひとたび奴らが笑顔の仮面を剥ぎ取れば、そんなものは吹き飛んでしまう。そういう凄味を感じる。
そして、奴らの要求を呑んでしまったので、ここには私たち3人しかいない。何かあっても、私に有利な証言をする人はいないのに、彼らは、お互いを弁護できるのだ。
ならばどうする?
ならば、……こうする。
「ごめんなさい!」
いきなり大声で謝った。ちょっとあっけにとられるセールスマン2人。
「土地だけは……、土地だけはダメなんです。子供のころからのトラウマで」
(相手に口をはさむ暇を与えるな。相手に考える隙を与えるな。とにかく謝り倒せ!)
「ごめんなさい。すみません。本当に、ごめんなさい。……」
こうして、なんとか、セールスマン2人には、被害ゼロで穏便におかえりいただく事が出来た。
ん? プライド、ですか?
こんな話はご存知かな?
人間が猿色の前身タイツを着て、猿のお面を付けて、猿山に行き、エサを貰ってくるという実験をやりました。
いろいろな表情の猿のお面で挑戦しましたが、エサを貰えたのは1つだけでした。
怒っているお面? 泣いているお面? ………………いいえ、情けない顔のお面でした。
作品名:実録、ちょっと危なかった話 作家名:でんでろ3