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夜行譚5-祈念ー

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ひどい、日照りだったのだ
何日も、何ヶ月も、雨が降らなかった
川は涸れ、大地はひび割れ、作物は朽ちた
体の弱いものから倒れていった
私の幼い弟も、先日死んでしまった
飢えて、乾いて、死んでしまった
だから、誰かが、やらなければいけなかったのだ
それが私だった、ただ、それだけのこと
こんなにひどい日照りだというのに、その池にだけは青々とした水が湛えられていた
けれどこれは毒の水なのだ
人が飲むことはおろか、作物に与えることも出来ないのだ
この池には、神が住まうのだという
池の端に立たされた
池の水はひどく澄んでいた
なるほど、これは飲んではいけない水だ
怖いくらいに透き通った水面に映った自身を眺めながら思った
水面から晴れ着を着せてもらった私がぼんやりと見つめ返していた
神の嫁になるのだ、と母が泣きながら着せてくれた晴れ着だ
神の嫁、というのが何かはわからない
ただ、仕方が無いのだと、思った
このままではいずれ私も弟のように飢えて乾いて死ぬのだ

これでいいのですか?

白い服を着た人が、静かな声で尋ねる
どこからか長が連れてきた陰陽師だ
水面に映った表情も、声と同じくひどく静かだった

これで、いいんです

答えた声は私の声なのだが、どこか遠くから聞こえた気がした
心が、既に半分どこかへいってしまっているみたいだ
今朝からこの陰陽師が、何やら色々と唱えていたせいだろうか

雨が、降るんですよね

私が神の嫁とやらになれば、雨が降るのだと、泣きながら母は言った
信じがたい話ではあった
この陰陽師なら、答えを知っているのだろうか

降りましょう、あなたの命と引き換えに

そして陰陽師は静かに笑った
どこか悲しそうな、けれど綺麗な笑顔だった

だったら、いいです

綺麗な笑顔に見送られて私は一歩踏み出した
一歩一歩、池の中を歩んでいく
毒の水だと聞いていたけれど、少し冷たいくらいであとはなんともない
腰の辺りまで水に浸かったところで、ふいに周りの水がざわめいた
大きな波がたった
それが白い大蛇だと気づいた時には、水に呑まれていた
水は優しく私を包み込んだ

雨は降りましょう

陰陽師の声が水中に優しく響く

だったら、いいんです

どうかどうか、父さん、母さん、泣かないで
雨は、降ります

水底はいつも静か
ゆらゆらと波に揺れながら私は眠る
時折、ぽつぽつと水面を叩く音が聞こえる
雨が降る音だ
雨が降ると私は嬉しくなって、水面に顔を出す
雨は好きだ
何故かはわからないけれど
体を覆う白い鱗が雨水を弾いて、澄んだ音をたてるのが面白い
その日も、雨が降っていた
私は、水面をすいすいと泳いで、雨を楽しんでいた
そこへ天狗がやってきた
何度か姿を見かけたことのある天狗だった

「白髪よ、おーい、白髪よ」

天狗は私にそう呼びかけた
私は白髪という名で呼ばれているのだと、その時知った
私はすい、と天狗の立つ岸へ近づいていった
天狗は、何か抱えていた

「お前に力でこの男を救ってやって欲しいのだ」

そう言って天狗は抱えていたものを差し出した
それは血に塗れた男だった
元は白であったのであろう着物は、見る影も無く赤く染まっていた

「お前にこの男をしばし預ける 
 癒してやってくれ」

天狗はそう言って男を私の池に沈めた
こぽり、と音を立てて男は水底へと沈んでいく
透明な水が、赤く濁って男の軌跡を描いた

「任せたぞ」

男の後を追って水底へ向かう私に後ろから天狗が声を投げた
かまわず私は男の後を追った

雨は降りましょう

声が、響いていた
雨は、好きだ
私は水底へたどり着いていた男を抱きしめた
あの日、零せなかった涙が、溢れた
あの日ってなに?
わからない
わからないけれど、ただ、涙が溢れた
私は、この人を救いたい
だって私はかつてこの人に救われたんだもの
わからない
涙は、雨と違ってひどく熱かった





「白髪が受け取ったか…」

水面に佇んで水底を覗き込んでいた虚空はふうと安堵の溜息をついた。
ここは癒しの泉。
生けとし生ける者全てを潤し、癒す泉だ。
昔、ある少女が旱魃を祓うための贄としてこの泉の神となったときから、
この池は命の泉となったのだ。
それまでは、生き物が飲むことの出来ない毒の池だったというが、
少女のこころが人を愛し、恨みを抱かずに神となった故であろう、
泉は命の泉として生まれ変わり、人々を生かし続けているのだ。
その神、真珠のように輝く美しく白い鱗を持った大蛇を人々は白髪と呼んで崇めている。
基本的に白髪は人には無関心なのだが、何故か白髪は今回自らあの男を預かった。
白髪に預けておけば、瀕死のあの男もいずれ回復するであろう。
なんと言ってもここは命の泉なのだ。
虚空は、バサリと羽根を広げ、泉の近くに生えている大木の根元にごろりと横になった。
あとは、ただ待つだけだ。
退屈な時間も、あと少しだけのことと思えば、辛くは無い。

「さあて、何が飛び出すかな…」

(蛇が出るか鬼が出るか…おっと蛇はもう出てるな…)

くだらないことを考えながら虚空は浅い眠りに落ちた。

作品名:夜行譚5-祈念ー 作家名:〇烏兔〇