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もう一度、君に触れたくて

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scene1

季節外れの、海へと向かうバスには人が殆ど乗っていなかった。

君は、降車扉に近い席の通路側に座っていた。

真っ白な百合の花束が窓側席に置かれていて、
俺は、君の後ろの席に座わりその百合の花を数えていた。

2月だというのに太陽は眩しく空はどこまでも青く澄み切っていた。
ところどころに浮かんだ真っ白な雲は気持ちが良い。

車中には早春の優しい日差しが射していて、
白い百合の花束が萎れてしまうんじゃないかと思うほどに暖かった。

君は、車窓に流れる景色をぼんやりと見つめていた。
俺は、そんな君を見ている。




君は今も、あの頃のままに美しくきれいだね。




しばらくして、バスは緩やかなカーブに差し掛かった。
そのカーブを過ぎると緑の街並みは一変して海へと姿を変えた。
波ひとつない穏やかな海に太陽が反射して水面がきらきらと輝いて眩しかった。

ふたりがあの時に訪れた小さな海の町はもう目の前に見えていた。



小さな海の町の停留場に着くと、君は大切そうに花束を抱え、
バスの運転手さんに軽く会釈をするとタラップを降りた。
俺も、その君のうしろについて降りていく。

バスの停留場の前に俺と君。
過ぎ去るバスを見送っていた。


君が、ふと空を見上げて目を閉じた。



今君は、この俺を想ったんだよね。



その瞬間に、俺の身体が時間軸にすいこまれ、どんどん時間が過去へと遡っていった。走馬灯に様に君の記憶が、俺をあの日に戻していく。




薄れていく意識の中で俺は、ずっと君を想っていた。




そして―。




scene2

君と付き合い始めて、3年目の記念日のために俺は小さな旅行を決めていた。
のんびりとバスに乗り見知らぬ街でまったりと過ごすプラン。
君のリクエストで海の見える場所というキーワドを入れて。

お互いに忙しい時間をさいてやっと取れた休日だった。
俺は秘かに、この記念日に君に贈るサプライズを考えていた。
俺の決心。
小さな四角い箱の中身は、給与3カ月分の君への愛の贈り物。


ふたりで過ごしてきた日々は早いもので、君はどんな時も、いつの時も、
俺の隣にいてくれた。俺は、ただそれだけで嬉しかった。
嬉しい時に一緒に喜び合い、同じものに感動し合い、笑い合い、時に喧嘩をして。哀しい時、辛い時には何も言わずそっと俺の肩を抱きしめてくれた。この先の未来も、君とならずっと一緒に生きていける。そう思えたんだ。

ずっと俺の隣で笑っていて欲しい。そう想える人は君が初めてだった。




小さな海の町でバスを降りて、通りすぎていくバスを見送った。
君と手を繋いで並んで歩く。それはとても自然な事。君の手はいつも温かい。
そのぬくもりがとても心地良くて。決して離したりしない君の手。

「今日は天気で良かったぁ。昨日まで雨だったからさぁ」
「私が晴れ女だからよ」
「悪かったね。俺が雨男で」

当たってるだけに俺は、不貞腐れたように言った。

「あれ、すねた?」
「別に、すねてませ~ん」
「クスッ、お子ちゃま」
「なんだとぉ~」

俺はデコピンをする真似をした。

「きぁっ、許してー」
「だめだね。許さないよ」

他愛ない事で君とじゃれ合うこんな時間が俺は、堪らなく愛おしいと思った。

「あのさっ、例のお店を予約しといたから」
「ほんと?嬉しい~。これから行くの?」
「うん」
「そのお店ね。
あなたの大好きなハンバーグがとってもおいしいんだって、それにね…」

君は目を輝かせて俺に話をする。

俺の好きな食べもの。
君はちゃんと熟知しているんだよね。

レストランに向かうまでの道のりも、それはもう大騒ぎ。

古いポスト前でおどけて写真を撮り、古民家のお菓子屋さんでは子供たちと大賑わい。蝶々が飛んでいるだの、猫がいただのって、落書きをされた犬を見て大笑いをして、小さな野の花にうきうきして、梅の花に感動をして、その香りに癒された。事あるごとに子供みたいに大はしゃぎして、周りから見ればバカップルかもしれない。




それでもふたりの時間はかけがえなくて、
きっとすべては君が一緒にいる事が楽しく思えるんだと思う。




本当に楽しくてずっとこんな時間が続けばいいと俺は心の中で思っていた。




scene3

君が来たがっていたレストランは、こぢんまりとしていて、
木のぬくもりが優しい洋風な建物をしていた。
ドアに掛けられた『ようこそ、碧い海へ』の看板には
たくさんの貝殻がついていて手作感が温かい。

ドアを開けると、

「ようこそ、いらっしゃいませ」
「久しぶりだわ。こんなお若いお客様は」と、

老夫婦があったかい笑顔で出迎えてくれた。

「いらっしゃいました(笑)」

そんな冗談も暖かく包み込んでくれる素敵なおもてなしをしてくれた。

海が一望できる席にふたりは向き合って座った。

ここでも撮影会は続行されていった。

景色を撮る。
老夫婦を撮る。

君が笑顔でピースをする。
俺は、決めポーズをとる。
ふたりで仲良く並んで撮る。

そんなふたりを微笑ましく見ている老夫婦。

料理が届くまでの時間も、ふたりはずっとしゃべりどうしだった。

テーブルに届いた料理は、サラダとコーヒーとケーキがついたセット。

俺の好きなハンバーグ。
君が好きなオムライス。
そのほかに君が食べたいと言った、ほうれん草とベーコンのキッチュ。

それだけで小さなテーブルはいっぱいになった。

「ねぇ、あーんして」
「えっ?」
「ほら、早く、冷めないうちに」
「うん。あーん」

君がスプーンいっぱいのとろっとろのオムライスを俺の口の中に運んだ。

「うんまぁー」
「じゃぁ、もうひと口あげるね」

俺はもう一度子供みたいに大きく口を開けた。

おやおやという老夫婦の笑い声が聞こえた。
それでふたりはお互いを見合って照れた。




食事を終えると海辺をふたりで歩いた。

歩き疲れると、ひとつのイヤホーンを片方ずつお互いの耳にさして音楽を聴きながら、壊れたボートに腰を下ろし、ふたりは遠くで行き来する船を眺めていた。

昼下がりの時間を過ぎると暖かいと感じていた風も肌寒い。

「私、この歌好き」
「♪~天使が空から舞い降りて来て~少女に恋を~♪」
「ハ、ハ、ハクシュン!」
「寒い?ほらおいで」

俺は、君を引き寄せて自分のジャケットの中に入れた。

「あなたの匂いがする」
「タバコのにおい?」
「も、だけど、あま~い香り」

そう言って君は、俺に抱きついた。




楽しい時間はどうして早く過ぎていくのだろう。




海で戯れて、パワースポットに行って、おもしろ博物館で遊んだ。
おいしい物を食べ歩き。夜になれば星を観測して月の下で君とKissを交わした。
そして、海の見えるカラフルなコテージで星を見ながらふたりの愛を何度も確かめ合った。


次の日も、その次の日も。




scene4

そんな休日の最後の夜。




瞬く星空に満月がくっきりと浮かんでいた。
波の音がロマンテックに流れていて、月明かりが水面にゆらゆらと輝いていた。

ふたりでひとつの毛布に包まって天体望遠鏡を覗きこんでいた。