閉じた扉
言いつつ彼は逃げない。僕の頬を微かになぜるその指すら止まる事がなかった。
「であわなければ、話なんてしなければ、より触れようと、もう一度会おうとしなければさあ、嫌われる事も現状以上酷くなることもないんだよ。例えばきみが僕を嫌いっていう、言葉だとか態度だとか、一度でも少なく感じないでいられる。それはとても僕にとっていいことなんだよ」
まるで前髪を耳にかけるようにたどった手、くすぐったくて身じろごうとしたけれど今それをすれば失うものも見えていた。
少し、突き崩せば。少し、拒絶すれば。
「それでも僕は家の外に出るし、誰かと会って、喋って、くりかえし、くりかえしだ、ねえこれがひとならば僕は向いていないんだと思う。けど思考しない僕なんて僕には想像が出来ない、じゃあひと以外の何になれるってまるで思いつかないんだよ。僕は何にもなりたくない。ねえ、一日一度は消えたくならない?」
毎日仕事で触れている相手はそんなに悪意に満ちているのだろうか。
たまに会う友人はそんなに貴方をないがしろにしてるのだろうか。
僕に出来ることなんてせいぜい、拒絶も肯定もないただあるだけの話し相手なのだ。
「言葉はこわい。深く喋れば嫌われる。嫌われると消えたくなるけど消える訳にはいかない僕はどこまでも人間だ。思い知るよ。出会うたび。きらわれるたび。であわなければ、ふれなければ、きらわれないのになあ。」
そう言って僕に触れる貴方が、どうしようもなく人間だから。僕には何も言えないのだ。
(いい加減、貴方が怖いのは人間そのものではないのだと気付いてはくれないだろうか。)
【閉じた扉】