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売れなかった写真

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十年前、僕は転勤先の仙台に住んでいた。
 当時仙台の繁華街国分町に、今もあるのかどうかは知らないが、「仙台ロック」というストリップ劇場があった。ある日、僕は何人かの友人とともに、酒の勢いを借りてそこに入った。そこでは、踊り子が踊り終わるたびに、「ポラロイドショー」なるものが始まる。これは一枚千円で、客の注文に応じて全裸の踊り子がさまざまなみだらなポーズをとり、客がそれをポラロイドカメラで撮影し、その場で持ち帰るというしくみだ。
 人気のある踊り子には、客たちは門前列をなすのだが、そうでない踊り子の場合はそういうわけにはいかない。踊り子の持つ性的なアピール力が露骨になる、ある意味、過酷なシステムである。
 その日、ある踊り子のとき、とうとうただの一人も撮影を希望する客が出なかった。髪の毛を金髪に染めたその踊り子は、ほとんど涙声になりながら、

「お願いしまーす」「お願いしまーす」

と客席に向かって連呼するのだが、客席はまるで反応を示さなかった。彼女はとうとうあきらめ、舞台からたち去ろうとしたそのとき、
「仙台って、ほんとうにつまんねえところだな!」と大声で捨てゼリフを吐いた。その直後、一人の客が、ダミ声でこう言いかえした。

「要らねえんだよ、ブス!さっさと引っ込め!」

 場内は大爆笑につつまれた。踊り子は驚いたような表情で目を見開き、次にうつむき、そして逃げるように小走りに舞台袖に消えていった。
 そのあと、僕は友人たちと飲みなおした。その席ではみじめな金髪の踊り子と、絶妙の客席からのツッコミの光景は、酒席における絶好のつまみになった。
 その日、終電を逃した僕達は、朝まで飲み、カラオケに興じた。その後、始発が動き出す午前6時、仙石線のホームに向かう途中で、僕は、東北新幹線の電光掲示板を見上げ発車時刻を確認している一人の若い女性を見た。
 女性は髪の毛を金色に染め、かかとの高い靴を履き、かたわらには、シールがたくさんありつけてあるキャスター付きの旅行用バッグが置いてあった。かなり距離はあったが、その横顔から、それが昨晩の写真が売れなかったみじめな踊り子であることはすぐにわかった。
 僕は、上着のポケットから携帯電話を取り出してシャッターを切った。被写体までかなり距離はあったが、早朝の静まりかえった駅の構内にシャッター音は響き渡り、撮られたことに気がついた彼女は、昨夜のステージと同じ目で僕を見た。僕は後ろを向くと、ほとんど小走りに近い早足で、その場から逃げ出した。

 今にして思えば、なぜあんなことをしたのか、きちんと思い出せない。昨日のステージで惨めな思いをさせたお詫びに写真をとってあげた、なんて出来た動機ではないことは確かだ。おおかた、撮った画像を一緒に飲み歩いた同僚に見せて、再度笑いものにしようとでも思ったのだろう。若かったころの僕は、そのたぐいの執拗な嗜虐性を隠し持っていた人間だったから。
 その画像を仲間に見せたかどうかは忘れたが、携帯電話を買い替える折に、なんの躊躇もなく消去したことは覚えている。
 なぜなのだろうか。あの夜のことを近ごろよく思い出す。そのたびに、彼女は今どんな人生を歩んでいるのだろうか、そんな答えの出ない問いが胸をよぎる。
作品名:売れなかった写真 作家名:DeerHunter