化け猫は斯く語りき
0.化猫瑣談
吾輩の瑣談を希望する稀有な者たちがおると聞き及び、それらの願いを無下にするのはあまりにも不徳なのではなかろうかと思ったが故こうして話をする機会を設けた次第である。
吾輩が比較的鮮明に語ることが出来そうな物事と云えば、何やら世捨て人ならぬ世捨て猫の如き生き方で誰とも深くは関わらずに往くのが格好が良いとばかり考えて次から次へと飼い主を変えながら流浪の旅を続けていた折に体験した出来事ぐらいなのであるが、人間がそのような陳腐な物語などに興味を抱く筈はあるまいと思い敢えて語ることもせず今日という日まで黙し続けてきたのである。
魔性を帯びておるとはいえ吾輩は猫属であるが故、人間の価値観に照らし合わせる事でいささか雅に欠ける物語となってしまう可能性は否めぬのであるが、出来れば声にして発することなどせずその胸の内に留め置いて貰いたいと思うのである。
そうそう、自己紹介がまだであったな。
吾輩は化け猫である。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何せたんと昔の事であるが故どれほど首をひねくってみたところで思いに至る物事などはない。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。
吾輩とてこの世に生を受けしその刹那から化け猫であったわけではない。
有り内な猫であった頃は行住坐臥(ぎょうじゅうざが)、行屎送尿(こうしそうにょう)ことごとく真正の日記であった故それらを逐一記憶などしている筈もなく、ましてやこのように回顧などしてみようとは露とも思っていなかったのであるから、それについてかれこれ云われたところで吾輩にはいかんともし難い事象であるということを是非とも念頭に据えて貰いたいと思うのである。
前置きが長くなる一方で心苦しくはあるのだが、なにせ人前で話をするのは久方ぶりであるが故、吾輩の心臓は平時よりも烈しく鼓動しておる。少しばかり多弁になってしまうことには目を瞑って貰いたいと思うのである。
さてさて、日が沈み涼しくなってきたところであるが、いささか雲行きが怪しくややもすれば雨も降ろう。そろそろ話を始めようと思うのであるが、そちらの準備は万端に整っておろうか?
そう構えずとも良い。長い話に成りはすまいよ。