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監禁愛~奪われた純潔と囚われの花嫁~(完結編)

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 その日の授業が終わった。愛奈は特に部活をしているわけでもないので、六限が終わり次第、帰宅となる。N高校の校門前はそんな生徒たちの姿が至るところに見かけられた。
 愛奈が鞄を提げて校門を通りすぎようとしたのと横から声をかけられたのはほぼ時を同じくしていた。
「また逢ったわね」
 どこか聞き憶えのある声につられて振り向くと、数メートル先に女が佇んでいた。例のスナックのママ涼子という女だ。愛奈の脳裏に一週間前の出来事が甦った。いきなり現れて愛奈の頬を平手打ちにしていった失礼な女だ。ここで再会して良い顔ができるはずもない。
 愛奈が露骨に眉をひそめたのは丸分かりらしい。涼子は低い声で笑いながら、吹かしていた銜え煙草を口から引き抜き、地面でもみ消した。
「まあ、そんな怖い顔をしなさんな。それよりも、これからどこか行かない? あ、近くにファミレスがあったから、そこでお茶でも、どう? 高校生ならマクドの方が良いか?」
「何かご用ですか? あれだけじゃ足りなくて、また私を殴りつけに来たの?」
 愛奈が敵意を露わにして叫ぶのに、涼子はスと足音も立てず近づいてくる。手を伸ばしてきたので、咄嗟にまだ殴られるのかと身を退いた。
 だが、彼女は伸ばした指先を愛奈のツインテールにした長い髪にそっと触れただけだった。
「あんた、本当に良い度胸をしてるわよね。拓人のことは関係なしで、マジでうちの店に引き抜きたいわ。あんたみたいに初(うぶ)で可愛い顔してる癖に負けん気が強いコって、必ずこの世界では成功する。たくさんの新人を育ててきたあたしが言うんだから、間違いない。あんたなら、花街ナンバーワンのホステスにだってなれるわよ」
 愛奈はますます仏頂面になった。
「今日はスカウトに来たんですか? 申し訳ないけど、私は夜のお仕事はしません。今は大学行くのに少しでもお金稼ぎたいですけど、お昼の仕事を探しますから」
「お金が必要なの?」
 涼子が女豹を思わせる棗(なつめ)型の瞳をいっそう見開く。今日のスタイルは紫のレオパード柄のミニワンピースに黒の大きめバックルベルトを合わせている。大きくカットされたv字の胸許にはシャネルの大ぶりのネックレス、腕にはお揃いのゴージャスなブレスレットが燦然と煌めいている。
 いささか開きすぎの感がある胸許から豊かなバストが零れそうで谷間が見えていた。相変わらずの派手っぷりだが、その派手がしっくりと馴染んでいるのがこの女らしい。
「ええ、お金が必要なんです。私、拓人さんの家を出ることになりましたから」
 そのひと言は涼子に予想外の打撃を与えたらしい。彼女は長いウエーブヘアを鬱陶しそうにかき上げた。
 何か言いたそうな彼女に、愛奈は言ってやる。
「あなたは何か誤解してるんじゃないですか。私は別に拓人さんとは何の関係もないんです。拓人さんは従兄で、私にとってはお兄ちゃんも同然の身内です」
 と、涼子が鮮やかに塗られたワインレッド色の唇を引き上げた。
「あんたの気持ちなんて、私には関係ないのよ、お嬢ちゃん」
 涼子は愛奈からつと視線を逸らし、あらぬ方を向いた。その横顔に愛奈はハッとした。綺麗にメークをしているが、そのどこか疲れの滲んだ表情には初対面のときに感じた若さは微塵もなかった。
 よくよく見れば、目尻にも細かな皺が刻まれている。若く見えるけれど、もしかしたら三十半ばくらいなのかもしれない。拓人より年上であることだけは確かだ。
 女の視線は遠かった。
「あたしにとって大切なのは、あの男(ひと)の心がどこに向かっているのかなんだから。拓人さんが私を見てくれなきゃ意味がないのよ。だから、あたしはあんたに拓人さんは渡さない。あたしにはあの男と過ごした二年間があるわ。たとえあんたがどれだけ邪魔をしようが、男と女として過ごした二年はあんたが入り込めないものなの」
 涼子は一方的に喋るだけ喋ると、再び煙草に火を付けた。
「言いたかったのはそれだけ。マ、あんたと出逢ったのも何かの縁だろうから、拓人さんに棄てられて困ったときはあたしのところに来ると良いわ。あたしの眼は節穴じゃないからね。きっとあんたを花街ナンバーワンの女にしてあげる。大学に行くくらいのお金は楽々稼げるわよ」
 煙草から紫の煙を立ち上らせながら、彼女は背を向けてゆっくりと去っていった。
 彼女の言葉を信用すれば、あの女と拓人が愛人関係にあったのは間違いない。彼女と拓人の関係を詮索するつもりはないが、二年間も深い関係にあった女がいながら、ずっと愛奈だけを見つめてきたと平然と口にする男の狡さが哀しかった。
 不思議な女だ。恋敵だと勝手に見なしている愛奈にこれ見よがしの敵意を剥き出しにする癖に、困ったら訪ねてこいと言う。元々は姐御膚の女なのだろう。あの様子では気っ風も良くて、自分の店で雇っている若いホステスたちの面倒見も良さそうだし、意外に慕われているのかもしれない。
 愛奈も嫌いなタイプではなかった。もう少し違った形で出逢いたかったと思わせる女だ。ある意味、涼子の真っすぐさが羨ましいと思う。そこまで一人の男を愛せることが素直に羨ましい。
 愛奈にはどうやれば男を愛せるのか判らない。愛とは何なのか。大木先生は、愛することは、その人とずっと一緒にいたいと思うことだと言った。笑顔だけでなく哀しい顔や怒った顔、どんな顔もいつも側にいて眺めていたい、そう思ったから、奥さんと結婚したのだと。
 ならば、やはり、歓びだけでなく哀しみ苦しみさえも共に乗り越えようとする気持ち、それが愛と呼べるものかもしれない。あの涼子は果たして、どのように考えているのだろう。拓人となら、どのような人生の試練も受け止めて乗り越えていけると考えているのか。
 十七歳の愛奈には、まだ理解するには深すぎる愛の深淵だった。今の愛奈にとって、涼子はまさに大人の女に見える。外見ではなく、彼女の生き方、愛し方そのものが。
 次第に小さくなってゆく涼子を茫然と見送っていると、改めて周囲の視線を痛いほど感じた。顔だけは知っている三年生の男子生徒二人が興味津々といった顔でこちらを見て通り過ぎていく。
 確かに涼子という女は真面目な生徒の多い公立高校では目立ちすぎる。拓人といい涼子といい、連れにするには勇気の要る人たちばかりである。
 溜息をつき、愛奈は涼子とは正反対の方向に歩き始めた。今日はこれから寄るところがあるのだ。いつものようにN駅から電車に乗るのは一緒だが、今日だけは途中下車した。S駅で降りて満奈実のくれたメモ書きを頼りに反町君の家を探す。
 S駅前の元町○―△―×、サンシャインコーポ、メモ書きにはそう書かれていた。住所を辿っていくと、サンシャインコーポはすぐに判った。駅前ということもあり、判りやすかったことも幸いしたようだ。
 愛奈はメモを片手に小さなコーポラスを見上げた。どう見ても築三十年以上は経過しているらしいその建物は鉄筋二階建だ。反町君がただ一人の親友以外に、自宅のありかを告げたがらない理由も何となく察せられた。
 部屋番号は二○三となっていた。ここまで来て引き返すわけにもいかない。愛奈は勇気をかき集めて二階へと続く階段を上った。二階へは外からそのまま上がれる階段が続いている。