lost being - under the trees
「あ」から順番に、「え」の木の下までやってきた。
「他の木の下には何もなかったよ。今度は何か、あるといいなあ」
僕はそんなことを思いながら、「え」の木の下を見た。
そこには、首から上のないおじいさんが立っていた。
「こんにちは、首無しのおじいさん」
僕は挨拶をした。
「こんにちは、小さくされた白き少年よ」
おじいさんはこっちを向くと、挨拶を返してくれた。
「こんなところで何をしているの?」
僕の質問に、おじいさんはしばらく考えてから答えてくれた。
「待っているのじゃよ、わしは。アレの人の帰りを、再会を」
「ふーん。そうなんだ。僕も一緒に待つよ」
「もうそれほど長く、待たないはずじゃ」
しばらく待っていると、空の彼方から首が飛んできた。
髪の白いおばあさんの首が飛んできた。
それは飛んでくると、おじいさんの右手にスポッとはまった。
「おぉ、愛しきわがエレナよ。ようやく帰ってきたか」
おじいさんは、右手にはまった首を高々と掲げると、嬉しそうに涙を流した。
「おおエレナよ! 愛しきエレナよ! 再会の時は来たのだ。再び共になったのだ!」
おじいさんは嬉しそうに叫ぶ。
「さあ行こう。果ての先に! 終わりと終わりの狭間に! さあ、少年も一緒に来るのだ。わしらの目指す場所へ。いや、わしらの目指すメメメメメメへ!」
おじいさんがそう言うと、あたりは突然光につつまれた。
「わぁ……きれいだね」
僕は感動した。
「さあ、そろそろくるはずじゃ。メメメメメメメメメ」
僕たちが待っていると、遠くの方からカセットテープがやってきた。
「さあさあ、メメメメメメ行きまもなく出発ですメメメ。お乗りくださいメメメメメメメメメ」
カブトムシの車掌さんに急かされ、僕たちはカセットテープに乗った。
カセットテープはやがて動き出した。
光の中のある一点に向かっている。
光の中の、闇の一点に向かって。
メメメメメメメメメに向かって。
「おじいさんおばあさん……。つらかったんだね。大変だったんだね……。でももうすぐ、全部終わるよ。メメメメメメメメメで終わるよ」
僕はそう告げて、おじいさんとおばあさんを残し、カセットテープを降りた。
おじいさんとおばあさんは、笑顔でメメメメメメに吸い込まれて行った。
しばらくすると、あたり一面、再び普通のあいうえお順の並木道に戻った。
「次はいよいよ最後の木だね。次こそは何かがあるといいなあ。『え』の木にはなにもなかったからね」
この出来事は、その世界を構成する出来事になることはなかった。おじいさんとおばあさんの存在が「消滅した」という事実はなかった。だから、その世界では、そのおじいさんとおばあさんが存在したことなどなかったのである。
作品名:lost being - under the trees 作家名:飛騨zip