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帰郷

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序章

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって……」

 受話器から聞こえてくるのは冷たい自動音声だった。心のない声を最後まで聞くことなく受話器を元に戻した。
 間違いかと思ってもう一度確かめてかけ直したが、電話の主は同じ声だった。
「何やってんだろ……」
辺りは暗くなってきたというのに、部屋の電気もつけずに徒に時間だけが過ぎ行く。

 こんな筈じゃなかった――

 何が間違っていたのだろう?全くわからない。わからないからこうなってしまったのだろうか?何をしても上手く事が進まない。今まで普通に出来ていた事ですらここにいると出来なくなってしまった。
 少なくともここに来るまではこんな事は一度もなかった。思った事は何でも出来た。あの頃を求めて、望みの綱と思ってかけた電話もこの調子だ。もう策がない――。

 陽もどっぷり暮れて真っ暗になった部屋に電話が鳴り響いた。設置はしているものの鳴ることなどほとんどない。やっと出番が回ってきたと言わんばかりに自らの存在感を音で示す。
「もしもし、ああ……、父さん?」
部屋に灯りが点った。久し振りにその声を聞いた。
「……うん、わかった。券が取れたら明日そっちに帰るよ」

 電話を切ると、一先ず最低限の荷物をまとめていた。自らに課した試練なんて忘れていた。今自分のとった行動が正しい判断かどうかは分からない。ただ言えるのは、自分にとって本意ではないのだが、本能がそうするよう命じたということだった――。
作品名:帰郷 作家名:八馬八朔