お布団ロケット
この話をいっぺんで好きになった娘は、何度もこれを読むように自分にせがみ、いつしか「自分もお布団ロケットでいろんなところに行きたい」と要求するようになった。それ以来、自分と娘は、週末ごとに「お布団ロケット」に乗って、さまざまな場所に空想の「旅」に出るようになった。娘が指定する「お布団ロケット」の行き先は、テーマパークだったり、ショッピングモールだったり、遊園地だったり、つまり子どもが遊んで楽しい場所が定番なのだが、きょうは、半年前に義父が亡くなったばかりの妻の実家だった。
娘は「きょうは青葉町(妻の実家がある町)におじいちゃんが来ているので、お布団ロケットに乗って会いに行くのだ」といった。亡くなった人が来ているとは子どもながら妙なことをいうものだと思ったが、自分はそれを詮索することはせず、いつものように二人で布団にもぐりこむと、声をそろえて「お布団ロケットしゅっぱーつ!」と叫んだ。
ほどなく自分は、娘を置き去りにして眠りに落ちた。最近なにかと心を労すことが多く、疲れがたまっていたせいもあったのだろう。
目が覚めると妻の実家の居間にいた。
前には義父がすわっており、娘はみょうに真剣な顔つきで自分の横に黙って控えていた。テーブルには簡素な和食の膳と、瓶ビールが二本あった。生前義父に会うときは、たいてい妻か義母が同席しており、一対一で向かい合うのは初めてだった。
自分には、「夢の中で死んだ人間と向かい合っている」という明確な自覚があったので、とくに驚きも奇矯な印象もなかった。それよりも、望んでいた機会が、まさにいま実現したのだ、という嬉しさに満ちていた。
義父は、自分にビールの酌をしながら、「君とは一度こういう機会をもうけたかった」といった。「自分も同じ気持ちでした」と酌を返し、以後、文学や音楽、政治や経済から、テレビタレントの批評まで、硬軟おりまぜて話が尽きなかった。娘はときおり、つまらなそうな顔つきで二人の顔を見比べていた。
翌朝、本当に目が覚めた。妙な夢を見たものだ、と思ったが、どこかに満ち足りた気持ちもあった。それは、やり残した課題を、きれいにやり終えた爽快感にも似ていた。そんな余韻めいたものに浸りながら朝食をとっていると、となりにいた娘が、先に食事を終えての立ち去り際に、「きのうは大人の話ばかりでつまらなかった」という意味のことをつぶやいた。
作品名:お布団ロケット 作家名:DeerHunter