魔王城まで何マイル?
勇者決起編その1
ここはとある大陸の城下町。小さいながらも活気のある町で、町の者は皆お互いが家族であるかのような付き合いをしていた。
「ようこそ、ユレイクスの城下町へ」
街の入口に居る女性は笑顔でこの言葉を口にする。ここはユレイクスの城下町。
今日もこの町のある一軒の家にいつもの怒鳴り声が響く。
「ルイス!ルイス!いつまで寝ているの!いい加減に起きなさい!ルイス!」
「・・・ああ?起きてるよ、母さん」
ルイスと呼ばれた青年はのらりくらりとベッドから起きると眉根に皺を寄せて部屋のドアを開けた。この怒鳴り声の主であるルイスの母が呆れた表情で立っている。
「もう18歳にもなるっていうのにこの体たらく!いつまでニートしてるつもりなの!」
「働いたら負けだと思いまーす」
「ふざけないで働けニート!労働とは尊いもので・・・」
彼女はこうなるとしばらく止まらないのだ。ぐちぐちと説教をする母をよそにルイスはちらりと時計に目をやった。
時刻は既に昼を過ぎていていつもより起きるのが遅かったということだけがわかった。
ルイスは所謂ニート。定職につかないどころか働いたことすらないダメ人間である。趣味はパソコンでオンラインゲームをすることで、今日もゲームをしようと頭の中で予定を立てていたのだが不意に母が黙り込んだのでルイスは思わず母の顔を覗き込んだ。
「か、母さん?」
「・・・そういえば説教しにきたんじゃないのよ母さん」
「え?」
「今朝早くにお城からお遣いが来てね。ルイスにすぐにお城に来るようにって伝言されてたんだったわ」
「ちょ、母さんもう昼!」
「だから早く起きなさいって言ったでしょう」
「それじゃあ俺今から行ってくるから!」
「いってらっしゃーい」
さすがのルイスも王から直々に呼び出されたとあっては焦る。すぐさま着替えるとルイスは走って王城へ向かっていった。
「・・・・・・ルイスもこれで更生してくれるといいんだけど」
母の手に握られていたのは『勇者募集中』のチラシと応募用紙の控えだった。
ユレイクス。この町は昔はもっと大きな町だった。その名残かこの周辺には遺跡が数多く存在している。
遥か昔この国は、世界の全てを支配した強大な軍国主義を掲げた国であったが、ある時期を堺にほかの国々のように国王をたて王政の国へと変わっていったのである。
その『ある時期』にあったことが、魔王と魔物、所謂モンスターの人間界への台頭である。
人ならざる生き物であるその魔物たちは自分たちより弱い人間を次々と虐殺していき世界を侵略していったのだ。
その結果、城や町、村の外には常に魔物がはびこる危険な世界へ変わってしまったのである。
人類も魔王に対抗し、討伐を試みたが悉く失敗に終わり現在では人口は半分以下になっていた。
この国が国王をたてるようになったのは、当時の国軍幹部がほとんど全員魔王討伐の折に戦死したためであるのと、それを機に軍事国家を解体しようという動きが世界に広まったためである。
そして現在、魔王討伐のための人材を世界各国が募っているという状況なのである。
ルイスの母が握っていたチラシはまさにそれであり、ルイスはこの国の勇者として魔王討伐の旅に出ることになるのである。
数時間後、ルイスの家の玄関には町民が集まり万歳三唱をしていた。勿論その中心に囲われているのがぽかんとした表情で簡素な装備品を身につけた元ニート暫定勇者のルイスである。
「勇者万歳!」
「今度こど魔王を倒してくれよな!」
「脱ニートおめでとう!」
「おい今ニートっつったの誰だ」
幸か不幸か、ルイスの特技は剣技だ。今までたくさんの"勇者"が魔王討伐の旅に出ていったが誰ひとりとして生きて帰ってくるものはなかった。
しかしルイスならば、と町民の期待は大きい。
「気をつけてね」
ルイスの母がにっこり微笑んで手を振っていた。彼には親がひとりしかいない。ルイスの父は以前魔王討伐のために旅に出てしまって以来一度も帰ってこないのだ。
顔だって一度か二度見たことがあるのでは、というくらいだし特に感慨深いものはない。だがしかしルイスの母を、夫と息子を魔王に奪われた哀れな女性にはしたくない。
「おう」
絶対に死なない、無言の誓いを胸に、少しの薬草とたくさんの希望を袋につめて、ルイスは町を出た。
作品名:魔王城まで何マイル? 作家名:中川環