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サンタクロースへの手紙

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前回がいつだったか思い出せないほど、久しぶりに妻と肌を合わせた明くる朝のことだった。

 目を覚まし隣を見ると、妻は天井をぼんやり見ていた。自分が妻に「おはよう」というと、驚いたような顔をして彼女はこちらを向き、顔をみるみる赤くさせながら「おはよう・・」と小声で返事をした。そんな妻の心が反射した自分も「おおお、起きようか」と言葉がモツレた。 結婚して八年以上経つのに、今日われわれ夫婦は、まるで初めて結ばれた翌日の恋人たちのような浮遊感を味わっていた。
 「セックスレスってやつも、案外悪くないな」
心の中で軽口をたたきながら子ども部屋にいくと、七歳の一人娘がベッドに仰向けに寝ながらやはり天井をぼんやり見ていた。
「おはよう。起きてたのか」
 娘は顔だけをこちらに向けながら「ねえお父さん、サンタクロースって本当にいるの」といった。
 いや、じつはいないんだ。プレゼントはお父さんかお母さんが買って、おまえの枕元に置くんだよ・・・そんな暴露話をするには爽やかすぎる朝だった。
「いるよ。ウソだと思うんなら、クリスマスの夜にサンタさんが来るまで起きていればいいよ。でも起きている子どものところにはサンタさんは来ないそうだから、どっちにしろ会えないだろうけど」
「ずるい」
 たしかに。こういう言い方をするから、子供は大人を信用しなくなるのだろう。しかしこのさい仕方がない。
娘は何か考えているふうだったが、しばらくしてこう言った。
「ウチ、プレゼントを置いてるのはお父さんかお母さんだと思う」
「なななな、何いってんだ」自分は今日二回目の狼狽をした。
「だって、毎年かならず、お父さんとお母さんは『今年はサンタさんに何をお願いするの』て、ウチにきくでしょ」
「うん」
「あれって、シュザイしてるんでしょ」
シュザイって、いったいどこでそんな言葉覚えたんだ。
「サンタさんだったら、しゃべらなくたってウチの欲しいものぐらいわかるはずでしょ」
「いや、サンタさんは神様とはちがう。だから、ちゃんと言わないと欲しいプレゼントはもらえないよ」
「じゃあ、サンタさんにチョクセツいう」
チョクセツって、いったいどこでそんな言葉覚えたんだ。
「ウチ、サンタさんに手紙を書く」
「手紙?」
「ほしいものを書いて、どこかにしまっておくの。サンタだったらちゃんと手紙を読んで、プレゼントを届けてくれると思う」
 そんなことをしたら、お父さんとお母さんは何を買ったらいいかわからなくなるじゃないか、という言葉を飲み込んだ反動で、「それはいい考えだねえ」と思わずいってしまった。

「ばかねえ」
その日の夜、帰宅した自分から今朝の娘とのやりとりを聞いた妻は、あきれ顔で言った。
「そういう時は『実はサンタさんにはお父さんとお母さんから子供が欲しいものを伝えているんだから、どちらかに言わないと、サンタさんには伝わらないんだよ』って言えばいいのに」
「なるほど。あしたそう言ってやろう」
「とってつけたようで嘘っぽいから、昨日今日はやめときなさい。ほとぼりがさめた頃にしなさいよ」
 妻はそれだけ言うと、さっさと寝室に入って歩きだした。しかし、二三歩して突然振り返ると「あと、念のためにいっとくけど」と腹に響くような低いトーンで言った。
「昨日は魔がさしたようなもんだからね。くれッぐれも誤解しないように」
 浮遊感は半日も持たなかった。

 われわれ夫婦が再びただの同居人に戻ってから一ヶ月が過ぎ、暮れもおしつまった頃だった。
 そろそろ娘のニーズを確かめないと準備が間に合わない、そう考えた自分は「取材」をはじめることにした。自分は娘の頭をシャンプーで泡だらけにしながら、「おい、サンタさんに手紙を書いたか」と訊いた。
「うん。書いたよ」目をつぶったまま、娘は答えた。
「何が欲しいって書いたんだ?」
「お父さんには言わないっていったじゃん。もう忘れたの?ばか」
「バカとはなんだ。バカとは。バカっていう方がバカなんだぞ!」
娘は小憎らしいほど落ち着いた顔つきになり、頭をくしゃくしゃにしている自分の手を静かにどけながらいった。
「そんなに知りたいっていうことは、やっぱりお父さんがサンタさんなんじゃないの」
 ここでひるんだら負けだ。自分は妻から仕入れた論理をここぞとばかりに展開した。
「実はな、毎年サンタさんには、お父さんからおまえの欲しいものを伝えているんだ。だから、お父さんに言わないとサンタさんには伝わらないんだぞ」
「・・・・」
この言葉は予想以上に説得的だったようで娘は黙り込んだ。自分がシャワーで頭の泡を流してやっている間も、彼女は目をつぶって何かを考えているふうだった。

 寝室のベッドに寝転がりながら雑誌を読んでいる自分に、パジャマ姿の娘が近づいてきた。娘は「サンタさんへ」と宛名書きしてあるウサギのイラストがあしらった封書を自分に差し出しながら、
「そのままサンタさんに渡して。中はぜったいに読まないで。約束だよ」といった。
「おう、わかった。たしかに預かった」やっと欲しかった情報が手に入った。笑いがこみあげてくるのをようやく抑えながら、自分は手紙を受けとった。

 娘が子ども部屋で寝静まったのを見とどけてから、手紙の封を開けた。手先が器用な妻がカッターナイフで慎重に封書の糊づけを剥がし、中から便せんを取り出すと、そこには、鉛筆の大きな文字でこう書いてあった。

サンタさんへ
かわいいいもうとを
ひとりください

 言葉の下には、娘らしき女の子が、眠っている赤ちゃんを抱いているイラストが描いてあった。
 自分と妻はしばらく顔を見合わせていた。すると、じわじわとあの浮遊感がわき上がってきた。妻もどうやら同じようだったので、自分は妻に顔を寄せて、すこしおどけた口調で「今夜さっそくクリスマスプレゼントを作ろうか」といってみた。すると彼女は、両手で自分を押しとどめながら、
 「じつは、もうできてるみたいなの」といった。
 聞けば、生理が数日遅れているのをもしやと思った彼女は、おととい妊娠検査薬で、きょう産婦人科で、懐妊を確認したのだという。
「みたいなの、っていうかできてんじゃん」
「妹かどうかはわからないけどね」
「ということは、ひと月ぐらい前のあの晩の子か」
 妻が言うところの「魔が差した」の魔とは、娘の「きょうだい欲しや」の一念のことだったのだろうか・・・まさか。
「産む、っていうことでいいんだよね」
「まあ、もう一人ぐらいは何とかなるでしょ。あんたも早く課長ぐらいになってよね」妻は大きな声で笑った。こんなに晴れ晴れとした顔をした妻を見るのはずいぶん久しぶりだな、と思った。