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落ち葉

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また拾った。これで今日何枚目だろう。秋になると、娘は公園で落ち葉を拾う。大きな楓の葉などにはとくに目が無く、端がコゲ茶色に薄汚れていようが、砂や泥がこびりついていようがおかまいなしだ。結局はゴミになるし、部屋も汚れるので、妻には拾うのはいいが持ち帰らせないでくれ、と頼まれている。
「おい、そんなの拾っても持って帰れないぞ」
聞こえているのか、いないのか、とにかく、娘は夢中になって落ち葉を拾う。
(やれやれ。また見ていないときに、捨てればいいか)
わたしは心の中で、こうつぶやく。捨てられたのに気がついたときは大いに泣いて抗議されるが、気がつかないでそのままになってしまうことも多い。今回は気づかれませんように・・・。そんなことを考えていると、すこし離れた場所でひとりの年老いた女性が落ち葉を拾っているのに気がついた。
 女性は、一心に地面を見つめながら、ゆっくりと歩いている。よさそうなものを見つけると腰をかがめて拾い上げる、そんな動作を繰り返している。よほど長い時間それをしているらしく、左手にもっている小さめのレジ袋は、ほとんど容積いっぱいにふくらんでいた。ともに一心に下を向いて歩いている女性と娘の距離が、当人たちが気づかないうちにどんどん縮まっていく。
「お嬢ちゃん、おいくつ?」二人の距離が五メートルほどに近づいたとき、女性が娘に声をかけた。
「六歳」娘が答えると、
「そう。幼稚園にいってるの?」
「うん。ネンチョウ」
「ふうん。年長さんなんだ」
 女性は娘と顔の高さが合うように座り込んだ。そして、わたしの存在に気がつくとこちらを向いてにっこり笑いながら会釈をした。それは磨き上げられたような笑顔だった。その笑顔からは、社会をたくましく生き抜いてきた人特有の一種の鋭さがかいま見られた。
 わたしはその女性の顔を見たとき、どこかで見たことがある顔だな、と思った。かつて頻繁に目にしていたことがあるが、とくに親しい間柄でもなかった人だ・・だれだっけな、と頭の中でのろのろと検索をするが答えは出てこなかった。
 わたしは、話し込む二人を遠巻きにして、そこいらをぶらぶら歩いた。乾ききった落ち葉を足で蹴り上げるようなマネをしたり、この落ち葉を十メートル四方の水槽のような箱に押し込んで、その中に飛び込んだらさぞや愉快だろうな、などと考えたりしていた。

 その女性が誰であるかがわかったのは、それから一年ほど経ってから、自宅で新聞の死亡欄を見ていたときだった。彼女は長くテレビ局のアナウンサーを勤め、第一線を退いてからはテレビ番組コメンテーターをしたり、エッセイを書いたりしていた人だった。生涯独身だったらしく、葬儀は甥を喪主にした密葬で執りおこなう、とのことだった。
 自分は新聞の中の小さな顔写真を見ながら、あのときの磨き上げられたような笑顔を思い出していた。
「○○って知ってる?」わたしは女性の名前を出して妻にきいた。
「知ってるよ」
「死んだんだってさ」
「ふーん。まだ若いのにね」
「68歳だって」
「ああ、もうそんな歳だったんだ・・あ、いけない!○○が書いたエッセイ本を友達に借りてたんだった」
 その本は、半年ぐらい前、ちょっとしたベストセラーになったもので、妻はそれを購入した友人から読むのをすすめられて借りたが、ほとんど読んでいないのだという。
「返すにしても、ちょっとぐらい読んでないとまずいよね」
「知らないよー」わたしは妻と会話を交わしながら、その本にすこし興味がわいてきた。
「ちょっと読ませてよ、その本」
「いいよ。読んだら感想きかせて。それ使わせてもらうから」
「ちゃっかりしてんなあ」

 妻が夕食の準備をしている間のリビングルームで、わたしはその本を読んだ。その本は、乳ガンとの闘病記でもあり、半生を振り返る自叙伝でもあるといった内容だった。その中に「落ち葉」というタイトルがついた一章があり、なんとそこには1年前のS公園での娘とのできごとが、つづられていた。
「わたしは、病気になってから押し花をするのが好きになりました。押し花のことを、花のミイラのようなものだ、といわれる方もいますが、植物に永遠の命を与える作業は、わたしのような先が見えてしまった人間にとっては、一種の祈りのようなものでもあるのです」
「あるとき、自宅の近所にあるS公園にいって、押し花にする落ち葉を探しておりますと、同じように落ち葉を拾っているちいさな女の子(あとで6歳で、幼稚園に通っていると教えてもらいました)がいました。その一生懸命なようすがとても愛おしくて、声をかけずにはいられませんでした」
「『落ち葉をひろってどうするの?』とわたしが聞いても、女の子は黙ったままでした。『とってもきれいな落ち葉が拾えたね』というと、今度は、輝くような笑顔を見せてくれました。落ち葉がとてもきれいだから、拾わずにはいられない、女の子はきっとそんな気持ちだったと思います」
「いよいよ人生がはじまろうというとき、そして、いよいよ人生を終えようというとき、その両はしで人間は真実を知るのではないでしょうか。その真実とは、美しいものは、まるで秋の日の落ち葉のようにわたしたちの身の回りにあふれていて、人々はそれに気がつかないだけでいる、ということです」

「ご飯ですよ。テーブルの上を片づけてちょうだい」キッチンから妻の声がはじけた。わたしは本を閉じると、テレビを見ている娘に向かってこういった。
「なあ、去年の秋に、S公園で会ったおばあさんのこと覚えてる?」
「うん」娘は、こちらを振り向きもせずに言った。
「どんな話をしたの?」
「忘れた」
「おまえ、今年は落ち葉を拾わないのか」
「汚いから、拾わない。お母さんから拾っちゃだめって言われたし」
「拾えよ」
「なにそれ。意味わかんない」

 どうやら娘は、人生の端っこから脱したらしい。
作品名:落ち葉 作家名:DeerHunter