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Night on the Galactic Railroad

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石炭袋


クラウドは、こちら側のザックスの制止を振り切って、向こう側のザックスの下へ駆け出した。
向こう側のザックスが、飛び込んで来たクラウドを受け止めた。これで、もう彼がこちら側だ。
「何でだよ!何処までも一緒にいるって、言ったじゃないか!」
向こう側のザックスの叫び声がして、すぐ彼の姿が掻き消えた。クラウドは後ろを振り向く事が出来なかった。ザックスの背広に押し付けた額が、汗で滑った。
「よく戻って来た、クラウド」
ザックスがぽんぽんとクラウドの背中を叩いた。クラウドは顔を上げてザックスを見た。ザックスが笑って、クラウドにウィンクした。
「戻ろうぜ」
次の瞬間、クラウドは、列車の中にいた。傍にザックスはもういない。背広を着た背中が、後ろ手に車両のドアを閉めるのが見えた。
「ま…」
クラウドがザックスを追いかけてドアを開けた。ザックスは淀み無く先へ進んでいく。クラウドは殆ど叫んでザックスの背中に手を伸ばした。
「待ってくれ!!」
ザックスは振り向かない。クラウドがどれだけ追い縋ろうが、彼の背中には届かなかった。
「待ってくれ!ザックス!」
クラウドが最後の車両のドアを開ける。最後尾の車両の外に、ザックスは居た。かちりと外から鍵をかける音が、微かにした。
クラウドはそこに猛然と走り寄り、ノブを回して、ガラスを叩いた。いつもならこんなちゃちな鍵なんか壊してしまえるのに、施錠されたドアはびくともしない。
「待ってくれザックス!俺も行く!俺も行く!!開けてくれ!このドアを開けてくれ!」
ザックスが悲しそうに首を振った。クラウドの顔が絶望に歪む。ザックスの立っている暗い銀河には、暴風雨の様な嵐が吹き荒れている。背後に光の無い、空の孔が見えた。彼の唇が、さっきはあんな事言ったけど、と動いた。
「俺は…俺も、動いて、喋ってるお前と旅が出来て、嬉しかった。…夢でも…幻想でも…」
彼は車掌のふりをして、クラウドを現実に引き戻そうと暗躍していたが、旅をした記憶は共有しているらしい。このザックスも、一緒にいたのだ。クラウドが溜まらず叫んだ。
「そんな…!また旅が出来るさ!一緒に行こう!俺も連れて行って!」
「クラウド」
ザックスがドアに手を付いてクラウドを見た。クラウドもその手に自分の手を重ね合わせる。冷たいガラスが、二人の体温で僅かに温まった。
「好きだよ、愛してる」
ザックスがはっきりとした口調で言った。クラウドは歯噛みして、その声を聞いた。いつもの彼には無い、真摯な声だった。クラウドの目から、滂沱の涙が零れ落ちた。
「俺だって、愛してる。ザックスが大好きだ」
そうだ。愛している。誰よりも、何よりも。愛してる。そんな平凡な言葉でしか言い表せなくて、クラウドは悔しかった。彼と自分の間に流れる情は単純な肉欲なんかより、もっと大きな感情だった。相手の為に、いつでも笑って自分の首を差し出せる。そんな感情だった。その感情は決して綺麗事ではなくて、エゴにまみれて汚れていたけれど、それでも良かった。汚れた手でも、相手に触れて、形がわかれば二人は満足だ。ザックスの涙の溜まった瞳が揺れて、クラウドに語りかけて来る様だった。一緒にいる事だけが、愛じゃない。
そう、別れも愛の一つなのだ。クラウドには予感があって、本当はとうにわかっていた。ザックスは絶対にこのドアを開けない。人間は生まれる時、死ぬ時、絶対に独りだ。誰か他の人と、一緒に生まれたり、死んだりは出来ないのだ。頭の先から足の先まで瓜二つな双子だって、死ぬまで愛し合った夫婦だって、そうだ。
その様に、クラウドとザックスは、一緒には行けない。何処までも一緒なんて、甘い幻想だ。優しい嘘だ。二人は、ここで別れる。でも、一緒にいられなくても、わかっている。お互いをどれだけ愛しているか、信じる事が出来る。魂を感じる事が出来る。それだけで、その気持ちだけで、もう生きて行けるくらいに。
ザックスが、そっとガラスに唇を寄せた。クラウドも、そこに唇を重ねる。ガラス越しのキスをして、ザックスがドアから手を離した。
「さよなら、クラウド」
ザックスの姿が空に浮いて、銀河の闇に吸い込まれる様に消えた。クラウドは、声を殺して、下を向いた。ザックスなら、きっと、顔を上げて行けと言うだろうけど、大声で泣き叫んでしまいそうで、今はとても前を向けない。木の床に、後から後から涙が零れ落ちた。
もう列車の中には、クラウド以外誰もいない。ただ暗い孔に向かって、列車は黙って進んでいく。
クラウドは、列車の中へ引き返して、泣きながら歩き出した。
彼を待つ、現実に戻るために。



END
作品名:Night on the Galactic Railroad 作家名:അഗത