泣き虫カンタ
橋川くんは頭に血が上って激しく怒り、転がったボールを拾うと思いっきりカンタめがけて投げつけました。それがあんまり近かったものですから、激しい勢いでカンタの右目のあたりにぶつかり、カンタはあまりに痛くて目玉が飛び出るかと思いました。そして案の定、彼はわんわんと泣き始めました。みんなは心配して周りを取り囲みましたが、カンタは痛い方の目も、そして痛くもない方の目も一緒に両手に埋めていつまでもいつまでも泣き続けました。やがてしびれを切らしたみんなは再びコートに戻り、再びドッジボールを始めたのでした。
ゲームに興じるみんなの歓声が時折波のように湧きあがるのを耳にしながら、カンタはしゃがみ込んだままにぐずぐずとまだ地面ばかりを見つめて泣いていました。だって、こうなってしまったのは彼が悪いわけではないのです。だから彼は自分がひどいことをされたと周りに示すのは当たり前でした。何度も何度も目をこすっていたので、ボールの当たった右目に何か大きなゴミでも入ったような気がしてさらにまたこすり、涙がにじみます。だから目の前の砂の地面の他には何も見えませんでした。
「これで目が悪くなったら橋川のせいだ」と彼は小さな声で呟きました。
「俺のせいだって言うのかよ」とカンタのすぐ隣で声がしました。
それがあまりにも近かったので、彼はぎょっとしておそるおそる顔を上げました。彼のすぐ隣には橋川くんが同じように座り込んでいたのです。みんながはしゃいでいるドッジボールのコートに戻りもせずに。カンタはなんだかすごく橋川くんに申し訳なくなりました。彼が怖かったわけではありません。むしろその逆でした。橋川くんがどういう思いで彼の隣りにしゃがんでいたのか、カンタは初めて考えたのでした。彼は橋川くんの顔を見ることが出来なくて、足下を這いまわるありんこの動きを目で追いました。
橋川くんは怒っていたのか、それからすぐに黙って立ち上がり、みんなの所に戻って元気にボールを受けたり投げたり始めました。カンタはまだしばらく校庭の隅に座ってみんなの走り回る姿を眺めていました。もう泣いてはおりませんでしたが、それとは逆にべそをかいていたついさっきよりももっと泣きたい気持ちなのでした。
それからのカンタはあんまり泣くことがなくなり、そして泣いたときにもすぐに泣き止んで笑顔を見せるようになりました。お母さんはそんなカンタを見てこう言います。
「あの子、随分お兄ちゃんらしくなってきた」
それを聞いたお父さんはこう言いました。
「そうかな、もともとああいう子なんだよ。この間までは迷ってただけでさ」