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赤い涙

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4.夢の中へ…



 忽然と家が消えてから二週間が経った。昂もようやく夢でも見ていたのだという気になり始めていた。
(そうや、夢やったからあの子の“声”も、あの子のお兄さんの“声”も全然読めへんかったんや。)昂はそう自分を無理やり納得させた。
 とは言え、家のあった場所にくると、どうしてもそこに目が行ってしまう。全く形を成さないと思っていたものが、イメージを植え付けられるとその形にしか見えなくなってしまうように。
 だがその日…行きがけには確かになかった家が帰りにはまた忽然と姿を現していたのだった。おまけに家の前には京介が立っていて、どうやら自分を待っていたようだった。
「やぁ、根元君と言ったかな。」
京介は片手を軽く上げて昂を呼びとめた。
「京介さん…」
「嬉しいね、僕の名前も覚えていてくれんだな。」
京介はその言葉に反して、寂しそうな笑いを浮かべながらそう言った。それに対して、昂は首だけで軽く頷いた。
「君を待っていたんだ。ちょっと不躾なお願いなんだが、妹と…樹と友達になってやってくれないだろか。」
昂は京介にそう言われて驚いた。
「実は、あれから樹は体調を崩していてね、部屋から出られない。」
続いて京介はそう言った。(樹ちゃんが病気?)昂はきゅっと胸を締め付けられ、鼓動が速くなった。
「もともと、身体はあまり丈夫な方じゃない。それに、最近ではますます弱ってきているる。もしかしたら、この冬は越せないかもしれない…」
京介はため息交じりで昂にそう伝えた。(ウソや、樹ちゃんが死んでまう?冬を越せんってそういうことやろ?)
「勝手なお願いだが、聞いてはくれないだろうか。最近君に会えなくなって、樹はとても寂しがっている。」
「ええ、俺で良かったら…」
樹が寂しがっていると聞いて、昂は反射的に京介の申し出を承諾していた。
「ありがとう。じゃぁ、早速会ってやってくれる?」
昂がこくり頷くと、京介は先導して中に入ることを促した。
「あの…やっぱり…」
「やっぱり、何?」
「いいえ、何でもないです。」
この二週間やっぱりこの家は存在していなかった、そう言おうとした言葉を昂は飲み込んだ。そんな事を言っても京介はたぶん否定するだけだ。それに、本当にそれが事実だったとしても、それはそれで良いのではないかと昂は思ったのだ。樹の体調が悪くなった途端に家が消え、そして今現れた。それはすなわち樹の自分に対する思いなんじゃないかと…好きな娘の夢の中に入れるのであれば、たとえそこに罠が仕組まれているのだとしても飛び込んでみたい気はする。(俺って、アホちゃうか…)昂は苦笑した。。

 樹の部屋に通されると、樹はベッドの横にある椅子にゆったりと座っていた。
「寝てんでええの?」
「大丈夫です。横になったところで、事態は何も変わりませんから。」
昂の言葉に樹は真顔でそう返した。昂は自分の死を冷静に受け止めている同い年の少女の横顔を、胸が詰まる思いで見つめた。
「けど、あんまり無理せん方がええと思うな。」
続いて、そう言った昂に対して、
「根元さんは、私に寝ていてほしいんですか。」
樹はそう答えた。そして、
「うん…できたら。その方が安心する。」
と言う昂の答えを聞くと樹は、
「では、そうします。」
と言ってベッドに横になり、毛布をかけて、
「これで宜しいですか。」
と尋ねたので、昂は肯いた。

 それから、昂は毎日樹を訪ねた。あれから、本当に寝たきりになってしまった樹のために、長時間一緒にいることはしないのだが、毎日数分でも彼女の部屋に足を向けた。
はじめはほどんど無表情だった樹は、訪ねる度に表情が豊かになり、時々声を立てて笑うようになった。昂は、自分が関わることで樹に生きる喜びが湧いてきたのなら本当に嬉しいと思った。
だが、樹の家に入るようになって、時々妙な“声”が聞えるようにもなった。樹が人間らしい表情をすると聞えてくるのだ。大抵は遠くて聞き取りずらいのだが、初めて声を立てて笑った時には、
(素晴らしい、予想以上の成果だ!)と、はっきりと聞えた。やはり、何かの罠が仕掛けられているのかもしれない。しかし、昂にはそれはもうどうでも良くなっていた。少しでもたくさん樹に思い出を作ってほしい、それだけだった。

 「根元、最近なんか楽しそうやな。彼女でもできたんか。」
ここのところ授業が終わると、息せき切って帰ってしまう昂にクラスメートがそんな風に声をかけた。
「ま、そんなもんかな。」
昂は樹の笑顔を思いだして顔を崩しながらそう答えた。 
「へぇ、根元がねぇ。」
(こいつ、ホンマにそいつにベタぼれみたいやな。お前、成績下がるぞ。下がってくれたら、こっちが上がるからまぁええか。)
そんな彼の表裏も、今の昂には気にならなかった。
(恋愛ボケって言われてもしゃーないかもな)と昂は苦笑した。


作品名:赤い涙 作家名:神山 備