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おやまのポンポコリン
おやまのポンポコリン
novelistID. 129
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警備主任

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    【 警備主任 】

 まるでパレスチナ・ガザ地区とイスラエルを結ぶ国境検問所を思わせる無機質で長い廊下。
 コンクリートの壁には幾つもの監視カメラが並び、天井に付けられたセンサーは、そこを行く人の体温や心拍数、眼球の動きまでもチェックする。
 俺が設計した不審者の侵入を防ぐセキュリティー・システムは万全だ。

 とはいえ・・・、
 数千人の監視を僅かなスタッフで行うのは骨が折れた。
「異常なし。これより潜入調査業務に移る」
 俺は軽い疲労を覚えながら部下たちに命じた。


 国内の薬学部を出た俺はアメリカに留学し、プリンストン大学で犯罪心理学を学んだ。
 卒業後はインターポールに採用され、国際犯罪組織による禁止薬物の取引を摘発したり、化学薬品を用いたテロを監視するといった任務についた。
 やりがいを感じていたのだが、銃撃によって生死を彷徨った事を契機に辞職し、日本に戻った。
 そうして見つけたのが今の仕事だった。


「おはよう。今朝も疲れた顔ね。ゆうべ飲み過ぎたの?」
 なにも知らないパートの岡田さんが笑いかける。
「そういったところです」
 俺は岡田さんに合わせて頭を掻いた。
「それにしても、仕事場に出るまでが大変ね。噂によれば去年、会社が元インターポールの人を警備主任に採用したらしいんだけど。この大げさなチェックはその人の指示で行われているらしいわ」
「それはそれは・・・」
 正体が知られると、従業員から責められそうだった。


 世界各国で頻発した食品への毒物混入事件以来、各社ともセキュリティの強化に乗り出した。
 食品加工会社は一度事件が起こると大ダメージを被る。
 その為、俺のようなプロが雇われ犯罪を未然に防いでいるのだ。


「ああ、あなたはそちらのゲートね」
 岡田さんが男子更衣室入り口を指さした。
 一般の従業員にまじって俺たち警備員が働くのは事前に要注意人物をチェックするためだ。
 俺は他のライン要員と共に裸になって消毒薬を浴びた後、真っ白な作業服を受け取った。
 番号と名札が印字された作業服はその日一日だけ使用され、百日間保存された後、焼却される。
 こうした人間性悪説に立った保安基準は従業員から憎まれるが、ここまでしてようやく安全が確保されるのだ。
 だが無論、安全対策は憎まれ事ばかりではない。
 俺はこれまで放置されてきた正社員と契約社員やパートタイマーとの賃金格差や厚生年金制度も公平にするよう社に要望し、見直してもらった。


「給料や厚生面で正社員と同待遇になったことは、会社に感謝するよ。でもここまで安全対策をとらなくてもいいのになあ」
 ラインの横に並んで作業する契約社員の横山君がグチを言った。
「だって8時に出社して今はもう10時だぜ。作業効率は大幅に落ちているし、毎日2時間も従業員を検査する必要があるのかねえ」
 あるんだよ。と、言いたかったが俺は口をつぐみ同意したように頷いた。
 異物が混入した時の損害を、この契約社員はわかっていない。
 俺がこの会社の警備担当になって一年、なにひとつ問題が起きていない事を彼らも評価して欲しいものだ。

 だが、ともかくこのラインにはさほど会社に不満を持つ人間はいないようだった。明日からは別のラインに配置変えをしてもらって潜入調査をするとしよう。


 午後4時、パートの応援要員という偽の仕事を終えた俺に工場長から呼び出しがかかった。
 そろそろ昇給でもしてくれるのだろうか?
 そう期待しながら行ってみると・・・、

「すまんが本社からの命令で、君はリストラ対象になった」と衝撃的な事を言われてしまった。
 何故ですか? と尋ねると、
「セキュリティが大事なことはわかるが、300円の餃子一袋当たり経費が600円かかれば赤字だからね。取締役会の決定で、この工場は全て産業用ロボットによる無人化を図ることになったんだ。だからリストラは君だけでなく従業員全員が対象なので悪く思わないでくれ」と、いうことだった。

 どうやらその話はもう全員に伝わったようで、怒った従業員たちが俺を探し回っているという。
 
 やれやれ、インターポールで危機を切り抜けてきた能力が役に立ちそうだ。


     ( おしまい )
作品名:警備主任 作家名:おやまのポンポコリン