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音が響きわたる場所 【旧版】

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 こう見えても、俺はご近所付き合いは大切にしていたんだ。
「えっと、あの」
 ソニアの困り果てた声が俺の耳に届いた。
「どうした?」と俺が訊ねても、聞こえてくるのはハッキリしない返事ばかり。
 俺は光を必要としないのだから当たり前の話だが、洞穴の中には照明がない。唯一あるのは、アントニオが訪れた際に置いていったランタン一つだ。
 到着した際に火を灯して渡しておいたし、いまも炎の揺れる音と匂いがすることから、ランタンの火はまだ消えていないことが分かる。
 つまり、ソニアが困っているのは明かりの問題ではないということだ。
「あぁ、なるほど」
 少し考えて、一つの答えに辿り着く。
 俺の家に無いもの。電気、ガス、水道。つまり、トイレだ。
 俺は男だからその辺で済ませてしまうのだが、さすがに十歳の女の子にそんなことをさせるのは、あまりにも忍びない。
 だが、どうしようもない。
「すまない。今日だけは我慢してくれ」
 俺は、何年振りかに心の底から申し訳ないと思い、同様に、何年振りかにその思いを言葉にした。

「トープさん」
 ソニアが俺の名を呼んだのは、夜も更け、ランタンの灯りが消されてしばらく経ってからのことだ。
「眠れないのか?」
「トープさんは、目が見えないと聞きました」
 アントニオから聞いていたのだろうが、それでよく俺の運転する車に乗ろうという気になれたものだと感心する。
「そうだな。周りの人間が見ているものは見えないな。だが、不自由はしていない」
「どうして目が見えなくなってしまったの?」
「神様に、もう何も見たくない、とお願いしたんだ」
「嘘ですよね? 子供扱いは止めて欲しいです」
「戦争で、な」
「痛かったですか?」
「もう覚えていない」
「私の目が見えていなければ良かったのにって思うんです」
 ソニアの声は暗く沈んでいた。
 おそらく、ソニアは何かを目撃してしまったのだろう。
 ソニアの口ぶりから、本人は見たくなかった物事であると推測できる。
 友達、いや、家族が関係しているのだろう。それも兄弟姉妹じゃない。両親のどちらかだ。そうでなければ、家庭内で済んだ話だ。まさか、父親か母親の浮気現場を目撃した、なんてことはないだろう。
 そんなことでアントニオが動くはずがない。
「トープさんは、ずっと一人でここに住んでいるんですか?」
「あぁ、そうだな。二年になる」
「一人で寂しくないですか?」
「一日中ここにいるわけじゃない。それに、大人なら寂しいなんて思わないものだ」
「お父さんとお母さんも、私がいなくても寂しくないのでしょうか?」
「ソニアはどうだ? 両親がいなくなっても、寂しくないか?」
「寂しい、です」
「だったら、ソニアの両親も同じ気持ちのはずだ」
「トープさんには、いなくなったら寂しいと思う人はいないのですか?」
 子供という生き物は、遠慮なしに傷を抉る。悪気がない分、タチが悪い。
「もう眠れ。明日は遠出をする」
 少し強めに言い放つと、ソニアが萎縮する気配が伝わってきた。
 すん、すん、と鼻を啜る音も聞こえてくる。どうやら泣かせてしまったらしい。
 まったく。これだから子供は苦手だ。