悲しいおしらせがあります。
悲しいおしらせを受けました。
高校の頃の同級生で、同じ大学に進学したA君が交通事故でなくなりました。
バイトの帰りに乗っていたバイクで転倒して、そのまま帰らぬ人になってしまったそうです。
確かその日は都心でもめずらしいほどに冷え、時折雪もちらつくような日でしたから、夜も遅い時間帯に帰宅するA君は、凍結した道でスリップしてしまったのでしょう。
これはすべて私の想像なのですが、朝一番にかかってきた電話で聞いた限りでは、恐らくそのような感じで間違ってはいないでしょう。
それにしてもなぜ、特別親しかったわけでもない私のところに電話がやってきたのか、通話を切った後もしばらく考えに耽りましたが、もしかすると、かつての同級生を呼び寄せたのではないだろうかという答えにたどり着き、とりあえずはそう納得しておくことにしておきました。きっと当日わかることです。
そして葬式当日、私は母から借りた喪服を纏い、A君のお母さまから教えられた場所へとタクシーを向かわせました。
流れる見知らぬ土地の景色を眺めながら、私はA君が今までどのようにして生きてきたかを考えたりしました。でなければ、私の中のA君は、昔の頃のぼやけた印象のままで、そんなふうに葬式に出席するのはとても悪い気がしたからです。
前にも述べた通り、私とAくんの接点は学友の顔なじみ程度ですし、普段も姿や名前を認知している程度のつきあいで、大学にあがってしまえばもはや姿を見かけてもお互いに挨拶をすることはなくなりました。すでに二人とも、築き上げはじめた新たな生活環境がそうさせたのでしょう。
葬儀場は、清潔に保たれた白い壁が一面広がっており、線香の香りがします。
係りの人に案内され、花で埋め尽くされた献花台を抜け、すすり泣く親族の声を聞きながら棺に横たわるA君へと目をあわせました。なんて穏やかな寝顔でしょう。
彼の前に立つ私は、心の中にゆっくりと生温いものが奥から溢れてくる感覚に襲われました。ああ、ああ、なんてことでしょうか。確かな痛みを意識した瞬間、ぼろりと大粒の涙がこぼれ落ちて、私は今にも崩れ落ちそうな眩暈を覚えながらヒールの両足を懸命に踏みとどめました。
あの日、高校時代のあの日、体調を悪くして保健室で休んでいた私は、起き抜けにした人の気配に目をあけると、ひかれていたカーテン半分の向こうから、同じようにベッドに寝そべっていた男子学生の姿を見つけました。それはまさしくA君でした。
ゆっくりと体を起こした私は、すうすうと穏やかに寝息を立てて眠りつづける彼の横顔に、仲間に囲まれはつらつとしたいつものA君とは違う、素の部分を垣間見た気がしてひどく不思議な気持ちに陥ったものです。自分自身の胸の奥のむず痒さが、一体なにを指し示すのかなど、当時の私にはわかるはずもなく、再びベッドに体を横たえると毛布をかぶりこみ、妙な感情をやり過ごしました。起きてしまえば忘れてしまう。そう、その言葉どおり今日の今日まですっかり記憶から抜け落ちてしまっていました。
Aくんの今の寝顔は、あの時と何ら変わらないほど穏やかで、死に化粧とでもいうのでしょうか。ほんのりと染まった頬を見る限りではまだ生きている気すらします。
死の影にとらわれた素振りすら見せぬA君に、ついに私は嗚咽をもらし、慌てて唇を抑えました。言い知れようのない悲しみに打ちひしがれている私に、そっと肩を叩いたのはA君のお母さまでした。
優しい目元がA君に似ているような気がします。私に挨拶をしたお母様はおもむろに抱えていたバッグから一冊の小さな手帳を取り出し、ゆっくりと差し出してきました。
なんだろうと目配せしながら手帳を開くと、それはA君の使っていたスケジュール帳で、めくっていくうちにひとつ不自然に差し込まれた紙切れに気付きました。
手にとって見てから私はもうたまらず、頭をたらし両目を伏せると息を詰めました。
裏返しになっていた紙切れよく見れば写真でした。
その写真に写りこんでいたのは、大学の学祭で友達を待ち、一人校庭に佇む私の横顔だったのです。
作品名:悲しいおしらせがあります。 作家名:ゆき