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焦燥感

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気がついた頃には一歩どころか、とんでもなく突き放されていたように感じた。そんなに駆け抜けていくな、と心の中で叫んでみるが全く意味を為さないことは自分でも分かっていた。一歩でも近づきたくて。追いつきたくて。走ってみようとするけれど足が絡まって上手く走れない。そんな毎日はひどく疲れるもので、好きなはずの数学でさえ先生の声が耳障りで、気が付けば空ばかりを見上げていた。

「部活行くぞ」
チャイムが鳴っていたことにも気付かず、窓際の席でいつものようにグラウンドをぼーっと見ているとガタッという音で、俺の机の上に頬杖をついている親友の姿が目に入った。
「おぉ」
気のないセリフを吐きながら荷物をまとめていると、何?何かあった?という声が耳に入った。
「どうすりゃ追いつけると思う?」
「追いつく?何言ってんだ。追い抜くの間違いだろ?」
反射的とは言え我ながら訳の分からない質問をしたと言った後に後悔したが、答えは意外と速攻で返ってきた。どうやら部活の話だと思っているようだ。
「そうだった。やっぱ難しくてさ。大体もう遅れてるし」
今さら質問し直すというのも面倒で、それとなく話を合わせながら、席を立つ。それが伝わったのか、何かかみ合ってないと感じたようで少しの間を置いて喋り出した。
「…?簡単に出来るなら練習は必要ないだろ。まあ、スタートダッシュで遅れたとしても、いつもいい位置についてるじゃん。だから、最初は自分のペースで焦らずに。最後にぐっと速度を上げれば、後はゴールテープが目の前さ!勿論、スタートダッシュの練習もしろよー。期待してるぜ、我らが陸部のエース!」
話している内容が違うためにBGMよろしく聞き流していたが、何かとても大事な言葉が入っていたように感じ、ふっと笑いながら
「そうだな…頑張るよ」
と廊下の窓から差し込む少しばかしオレンジ色に染まり始めた陽の光を見ながら呟いた。その直後、ふいに聞こえた声でぐっと現実に引き戻された。
「なんか言ったか?」
もう一度ちゃんと聴きたくて、わざと聞こえなかったふりをして聞いてみたが何でもねえよ、としか答えてくれなかった。
「なんか、お前と話してたら元気でたよ。ありがと」
 そう言いながら、頭の中でさっき聞いた言葉を反芻する。
『そんな顔するな。俺だけガキのままみたいじゃねぇか』
自分だけが置いて行かれたように感じていたが、そうではないと実感させられた。誰もがそう感じているのだ。大きく開いていると感じていた幅が一気に狭くなったように感じた。
作品名:焦燥感 作家名:泉成緒