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おねえちゃんの彼氏

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おねえちゃんはあの日本で待ってる彼氏と結婚するのかな。日本に帰ってからコースケのこと、ロンドンの時の彼氏だったって、あんなこともあったなって、そういう風に、今までの彼氏と同じように、思い出すのかな。
わたしは、わたしはコースケのこと、どんな風に思い出すの。友達として、おねえちゃんの彼氏として。
なんか、そんなの、つまんない。
わたしは、コースケのこと、ロンドンですきだった人として、思い出したい。
でも、思い出に残ってることといえば、クラスの人達と一緒の時の思い出とか、みんなとどっかに行ったりしたこと、そんなことばかり。そんなの、ふたりの思い出じゃない。好きな人としての思い出なんかじゃない。そんなつまんない思い出だけしか持ってないと、すぐに忘れちゃうよ。このままじゃ、すきだった気持ちも、薄れていって、そのうち消えてなくなっちゃう。
このままじゃ、つまんない。いい子のわたしのまんまじゃ、つまんないよ。
だってコースケは日本に帰ったら、わたしのことなんて、ただの友達だったって、ロンドンの時の彼女の妹だったって、それしか、思い出さないよね。コースケはもてるから、いっぱい女の子と付き合ってるから、わたしの名前だってすぐにわすれちゃって、もうわたしのことなんて、思い出さなくなっちゃうんでしょ。
そんなの、いやだよ。 


 さっき、わたしはうそをついた。わたしたちの待ち合わせは3時、ハイドパークコーナーで。わたしが一番のりで、駅の外で二人を待ってると、おねえちゃんから、少し遅れるって連絡があった。午後のクラスが長引いたから、少し遅れるけど駅で待ってて、おねえちゃんのその言葉をわたしは、少し遅れて来たコースケに言わなかった。そのかわりに、おねえちゃんは今日、これなくなったって、具合が悪くなっちゃったみたいって、ごめんねってあやまってたよ、そうコースケに伝えて、わたしは自分の携帯の電源を切った。コースケの携帯はもう解約してあるから、これでおねえちゃんはわたしたちに連絡ができない。


 昨日まで降り続いていた雨は明け方頃にはやんで、灰色の雲の隙間からいく筋も差しこむ光が、芝生をなぞっていくのが見える。風が、重い雲をおしながして、空全体が動いていくみたい。
前にみんなでここに来たのは夏頃だった。ハイドパークはすごく広くて、夏に来た時とは反対側から入ったから、まるで初めてきたみたいだ。それに、こうやってコースケとふたりっきりで並んで歩くのも、こんなにふたりでおしゃべりするのも、初めて。初めてなのに最後の日。どこまでも続く原っぱを、ずっと歩いていても、雨上がりの公園には人影がなくて、まるでこの世界にはわたしたちふたりだけしかいないみたい。コースケは足が長いから、ちびのわたしはついていくのに、普段よりもはやく歩かなくちゃなんないんだね。わたしがコースケを追い越しそうになったり、くっつきそうになったりしてるから、コースケのコートのフックがわたしのコートのボタンに引っかかっちゃったよ。糸がほつれてたボタンだったから、わたしがちょっとひっぱったら、そのまま取れて、どっかに飛んでっちゃった。ボタンを探そうとするコースケにわたしが、いいよ、もういらないよ、って言ったら、まったく、って笑ってた。鼻にしわを寄せて笑うコースケの顔、すき。コースケの笑ってる顔を見て、わたしも今笑ってるんだってわかった。


 向こうのほう、芝生が続く広場に、だれかが忘れたサッカーボールがころがってるのが見えた。それを見つけて走り出すわたしに、コースケはなにか言ったみたいだったけれど、その言葉は聞こえなかった。
あの濡れて汚れたサッカーボール。あれを思い切り蹴飛ばそう。芝生の上を全力で走る。この湿った草たちは晴れてきた青い空からの光をあびて、すぐに乾いてしまうんだろう。
 あのサッカーボール、わたしが蹴っ飛ばしたら、そのまま、この青い空に吸い込まれて、小さくなって、ずっと遠くまで、わたしの気持ちといっしょに、どこまでも飛んでいって。



作品名:おねえちゃんの彼氏 作家名:MF