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みやこたまち
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novelistID. 50004
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嘆願書 人魚の生態に纏わる仮説と実証

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cap.1 発端

 

 これから書くことは、全て真実である。

 私は十二年前、大学の動物行動学の研究室に籍を置いており、その大学のプールでインストラクターをしていた女性と結婚をした。互いに海が好きであり、私は職業柄、あまり人の知らない海域に明るかったので、ハネムーンには南太平洋のある島を選んだ。
 満月の海は、珊瑚の産卵日で、我々は数億の珊瑚の卵が漂う海の、不可思議な感触の中で愛を交わしていたのである。

 幾度目かの交わりの後、我々は海に並んで浮かび、月を眺めていた。幻想的な気分だった。
 不意に、私は下肢にぬめぬめとした暖かなものが絡み付いてくるのを感じた。とっさに彼女を見ると、彼女も異常に気付いたようだった。そしてその直後、下肢に激痛が走った。彼女が一瞬沈み、再び浮かび上がると声にならない悲鳴を上げて、また消えた。私はウツボかウミヘビの群れに囲まれているのではないかと考え、満月の海中に潜った。

 私はそこで、信じられない光景を目の当たりにした。

 巨大なクラゲの触手のように長い黒髪がたなびいていた。光る眼と、尖った鼻の女たちが、私に纏わりついていたのだ。女? 滑らかな上半身には乳房がはっきりと見えた。そして下肢は、鮮やかな半透明の鱗のような物にぴっちりと包まれて輝いていた。その下肢を、まるでバタフライをするときのように上下させて自在に泳ぎ回る、数十匹の生き物たちが、私に身体をぶつけ、絡み付き、私の身体にむしゃぶりついていた。彼女の姿はもう見えなかった。

 私は身体中の肉を食いちぎられながら、彼女のことを想った。時折、痛みのためか、酸素欠乏の為か分からないが、頭に痺れるような快感が広がった。こうして、死んでいくのかもしれないと思った。私は両足のアキレス腱を切断し、右肩の肉をごっそりとそぎ取られていた。

 砂浜に横たわる私の身体には、藻のようなものがべったりと絡まっており、ぬめぬめとしたひどい匂いのする液にまみれて全身が光っていたそうだ。助かったのが奇跡だった。噛み跡は全身で三十二箇所に及び、とくに、背中と足とに集中していた。片足は義足となり、傷痕は消えない。

 さらにどういうわけか、男性器が青黒く腐ってしまっていた。血液が送られないで組織が壊死したのだという診断が下されたが、一体いつそんな目にあったのか、当時は分からないまま、ひどくみじめな気分を味あわされたものだった。

 島の警察に被害届を出したが、私の傷は鮫によるものとされた。海域は遊泳禁止となった。
 私は最初、ありのままを話そうと思っていた。だが、だれが信じてくれるだろうか。自分で調べるしかなかった。私は大学を辞めた。それから十二年。あいつらに復讐し、愛する人を取り戻したい、という一念で、海から海へ渡っていた。あれが何なのかなぞ、考えもしなかった。化け物だ。ただの化け物だ。私はただ、彼女を見つけ出したかっただけだった。が、手がかりは何もなかった。だから、私は我々を襲った奴のことを調べて、何か手がかりを掴もうと思ったのだ。

「あれが、人魚なのではないのか?」

 そう考えるようになったのは、それからのことだ。