ベルにご用心
檀上香代子
文 子 六十五歳
男 一 二十八歳 詐欺師
和美 六十一歳 文子の妹
一 場
ダイニングキッチン、小さなテーブルと椅子。質素な茶箪
笥。その横にボックスと固定電話。
暗転の中、電話のベルの音。
文 子 (奥より出てくる)はい、もし、もし
上手スポット、男一の姿が浮かび上がる。
男 一 (下手奥から、しゃがれ声)おかあさん?
文 子 あら、 どうしたの、その声?
男 一 のどが腫れて、いま病院なんだ。
文 子 やはり、ひどくなったの?昨日よりーーーーー
男 一 うん。新型インフルエンザの疑いがあるからって、
検査なんだ。
文 子 そう、結果はいつ?
男 一 わからない。それで、頼みがあるんだけど。
文 子 なに?
男 一 今日、遅れた支払いの期限なんだけど、銀行にいけ
ない状態だから、相手が、僕の会社に連絡入れると
困る。僕の状況を説明して、水曜日には振り込むか
らって伝えてくれない?
文 子 自分で連絡すれば・・・・
男 一 病院だから、長電話できないんだ。アツ 人がきたか
ら、またかける。おかあさん、家にいる?
じゃ、後で(電話切る)
落ち着かない文子。 ややして電話が鳴る。
男 一 お母さん?
文 子 うん。
男 一 本当に申し訳ないけど、一時立て替えてもらえるお金
ないかな。
文 子 立て替えるって、いくら?
男 一 三十万。
文 子 そんな大きなお金あるはずないじゃない。年金暮らし
だよ。
男 一 無理かなあ。(泣き出しそうな声)なにしろ、こんな
状態だし/・・・・・・
文 子 (思案してたが)なんとか出来るかもしれない、全部は
無理だろうけど。
男 一 頼むよ。半分でもあれば、何とか頼んで、説得してみる
から。どのくらい掛かる?
文 子 一時間ぐらいかな。
男 一 検査も終わるだろうから、電話するね。有難う助かるよ。
文 子 じゃあ。(電話を切る)
二 場
喫茶店の一角。テーブルに腰掛ける文子と和美。
和 美 本当に勲だったの?
文 子 間違いないわ。昨日具合が悪いって言うから、食材届けて
から、そのときインフルだと大変だから、病院に行くよう
に言ってきたもの。
和 美 勲に電話してみたの?
文 子 だって、病院だって・・・・・
和 美 あの勲が、何に使ったのよ。人に借金してまで・・・・・
文 子 聞いてない。
和 美 勲の会社に電話して、休んでいるか聞いてみれば・・・・
文 子 カスタマっていうのかな。家族にもそこの電話を言っては
ならないんだって。だから知らない。
和 美 信じられない。
文 子 無理かな、貸してもらうの。
和 美 そうじゃないの。それくらいヘソクリあるわよ。 ただ、
姉さん、お人よしだから騙されてるようなきがするの。
文 子 勲はそんな子じゃない。
和 美 分かってるわよ。勲じゃない、いまはやりの振り込め詐欺
じゃないかな。
文 子 そんな・・・・・・
和 美 (文子の様子に)わかった。とにかく家に帰って、電話を受
けて、私も行くから。
暗転
第 三 場
文子宅 テーブルの前に座る和美と文子 電話が鳴る。
文 子 もしもし、
男 一 ああ、お母さん! 都合つきそう?
文 子 なんとか、(和美を見る、和美両手を広げてみせる)
十万円しかならないけど。
男 一 じゃあ、これから言う銀行に振り込んでもらえるかな。
和 美 (文子から受話器を取って)もしもし、勲さん?
男 一 誰?
和 美 誰だと思う?
男 一 ・・・・・・
和 美 貴方、本当に勲さん?
男 一 そうだよ。
和 美 どこの病院にいるの?
男 一 新宿の病院。
和 美 じゃ、その場所教えて!そして、貴方の会社の名前も。
男 一 なんで、あんたに教えなくちゃならないんだよ。
和 美 あら、勲さんにしては言葉遣いが荒いわね。 お母さん
にお金を貸してあげる以上、知る権利があるし、お母さ
んが振り込むとしても、お母さんとそこの病院に行って、
貴方を確認しときたいの。(話しながら、文子を手招く
、一緒に受話器に耳よせる。)
男 一 母が信用ならないのですか。
和 美 いいえ、文子さんは信用してるけど、貴方は信用してないね。
男 一 母の子供である自分が信用できない? 貴方は母の友達でし
ょう? 母を侮辱してるのと同じなんですよ。
和 美 (茶化すように)あら、あら、いつの間にか、しゃがれた声
でなくなったわね。ふ、ふふ
男 一 誰なんだよ、あんた?
文 子 勲の声じゃない!
和 美 あはは、ばれましたねえ。
男 一 覚えてやがれ、クソババア!
和 美 忘れたよ。クソ餓鬼どの! 頭悪いね。あははは。
男 一 (荒々しく電話きる。)
ホッとした表情の文子。
和 美 ああ、緊張してたら、のどカラカラ。
文 子 お茶いれるわ。
幕