絶対外れる馬券術
ラジオから流れる放送。何か不思議な気分だった。公園。その広場のテーブル。まわりでは子供がブランコに乗ってたり、カップルがフリスビーなんかやってたりする。他に鳩に餌をあげてる人や、犬を散歩させている人も。
そこらじゅう、ワイワイキャアキャア言い合っている。よく晴れた日曜日。女の子と一緒なのだ。ラジオの競馬中継なんか真剣になって聞かなくたって、もっと楽しいことが他にいくらでもありそうなものだ。
出走の時間が迫る。いろんな意味で、ぼくは落ち着かなくなってきた。
予知能力? どうかしている。そんなものでレースの結果がわかるのならば苦労はしない。一着が8番。二着が6番。そんなの外れるに決まってる。
これは悪い冗談なんだ。外れたら、こんな新聞丸めてくずかごに放り込み、何か別の話をしよう。でなきゃ、別のところに行くとか。
とにかく、競馬なんかどうだっていい。メインレースの結果なんて、後でテレビで見ればいいんだ。
レースがスタートした。
ジョッキーの興奮した実況を、ぼくは祈る思いで聞いた。8番だけは来ないでくれ。他の馬が勝ってくれ。
祈りは通じなかった。一着でゴールしたのは8番。二着は6番。場内は大歓声。
「どう?」彼女は言った。「少しは信じる気になった?」
「おかしいよ」首を振った。「こんなこと有り得ない」
ラジオを手に取ってみた。傷や汚れに見覚えのある確かにぼくの持ち物だ。すり替えや細工が利くとは思えない。選局ダイヤルを回してみるがどうやら普通に公共電波を受信している。周波数の目盛りもいつものところで合った。
これがデジタルラジオなら、一局だけニセ放送に変えるなんてこともできる――のかな? 知らないが、こんなアナログの簡単なものは逆に騙しようがないのじゃないか。
新聞の日付も確かに今年の今月今日だ。出走馬表の並びも朝見た通り、だと思う。もっともぼくはメインレースしかよく見てないから、今の分はわからない。
だから知らぬ間にすり替えたとか――しかしまさか。それができたとしてもどうする?
〈競馬詐欺〉など、そもそもラジオがポケットには入らない大昔の話だろう。ノミ屋のでかいラジオの裏で実は人間がしゃべってるのをカモは気づかぬというやつだ。そんな映画の『スティング』みたいな手口はこの現代に通じるわけない。
やっているのは大競馬場の大レースで、どこのどこかもわからんような地方競馬の草レースじゃない。番組だって競馬アイドルが『アタシはコレアレ』と予想する今どきのもので、ジョッキーが自分でキンコンピープー鳴らす百年前のものとは違う。
だいたい、詐欺やドッキリだとして、ぼくを狙ってどうするんだ。財産なんかありゃあしないぞ。それともあれか? ぼくに人でも殺させようって陰謀なのか? アナタはもうじき殺されます。殺られる前にこの男を殺りなさい、とか――。
それこそ見え透いたドッキリだろう。ぼくはひっかかったりしない。
「あのね」ケータイを取り出して言った。「これがインチキだとしても、こいつですぐわかるんだよ」
「でしょうね」と言った。「試してみたら?」
ああみるとも。競馬サイトってものがあるし、テレビのワンセグ放送だって見られる。調べてみた。おかしなところは……どこにも……ない……。
「どうだった?」
「いや……」
ケータイをひねくった。ハッカーとかいう人種なら、こいつに嘘をつかせることもできなくないのかもしれない。だが、音声や映像を含む膨大なニセ情報を短時間で作れるだろうか。
ケータイの時計と腕時計、新聞の出走時間を比べてみる。ズレはない。彼女と会って二時間かそこら。二時間の映画が二時間で出来るか? そんなことが――。
いいや、ダメだ。信じるな。手品を見ろ。どんなに不思議なように見えても必ずタネがあるもんだ。きっとこういう手の込んだ嘘が五千円で売っていて、買えば全部ついてくるのに違いない。
「ははは」笑った。「騙されないぞ」
「しぶといわねえ」彼女は言った。「とにかく、これで賽の目の通りでしょ。適当に振って当たる確率は144分の1よ。12掛ける12」
「わかるよ」まあ、わかるけどさ。「これがほんとなら大金持ちだ」
すると彼女は、困ったような顔をした。「実は、そこが問題なの」
「問題ねえ」確かに問題だと思う。こんなことができるってことが問題だ。「どんな?」
「あのね。あたしのサイコロは、このテのことには百発百中なの。次のレースでどの馬が来るかなんてことは、確実に当てることができる」
「うん」
「ただし、それはお金を賭けない場合なの」
「え?」
「だから、カネを賭けなきゃ百発百中なの。何度やっても必ず一等を当てられる。けど、賭けた途端に全然的中しなくなっちゃうの。それが問題」
「あのさ」と言った。「それ、マジで言ってるの?」
「もちろん」
こっちはマジメに聞いて損した。テーブルに頬杖ついて、「そんなとこだろうと思った」
「何よお。そんな、ガッカリしたみたいな言い方しなくたっていいじゃない」
「他にどういう言い方しろって言うんだよ」
「もう」
彼女はふくれてみせた。女の子って拗ねたところがまたいいよな。
「だからね、そこを、あなたに考えてほしいわけなの」
「考えるう? 何を」
「だから、どこかに抜け穴がないか。お金さえ賭けなければ当たるんだから、なんとかして裏がかければ大儲けでしょ?」
「確かにね」
と言った。しかしぼくはまだ、なんとかして彼女の嘘を見破れないかと考えていた。
「どうもまだ、君の話が信じられないんだけど」
「そう?」