いるいる辞典 口の利き方知らない事件
終業時間になり、女性社員は続々と帰り始めた。家庭があると大変だなと思いながら仕事をしていると、何故か安藤が声をかけてきた。
「田部さん、すいませんねぇ。皆さん、田部さんは頼りになるって言うもんでぇ、仕事任せちゃったんですけどぉ。皆さん、子供の送り迎えとか大変みたいでぇ」
「あぁ、お孫さんのお世話とかもありますもんね」
「そうなんですよぅ。というコトでぇ、これからもよろしくお願い致しますぅ」
「いいですよ。お疲れ様でした」
何が言いたかったかは分かるが、全くもって申し訳なさそうな台詞ではない。かえって気分が悪い。大体なんでそんな言い訳になるんだ。他の女性社員が悪いみたいじゃないか。頭も悪い奴め。仕事がやりにくくなっちまったじゃねぇかよ。胸糞悪いったらありゃしない。
政子が完全復帰した。昼休憩に労いに行った。そこでうっかり安藤に言われたコトを言ってしまった。
「あんたも大変だね。あの子はそういう子だでな。私も言われたよ、今回のコトで」
「はい? 今回ですか。どういうコトですか。仲村さん、大変だったのに」
「最初は今月いっぱいまで週3にしとったんだよ。いつ片付くかも分からんかったで。でも意外と早くできてね。慣らしみたいな感じで仕事しとったんだわ」
「でも第3週ですよね、今」
「そこなんだわ。あの子に先週『まだ週3でいいんですかぁ』って、例の嫌味な感じで」
「ちょっとそれはないでしょ。事情が事情なのに。なんでそういうコト言えるかなぁ」
「頭に来たから、出るわって言ったったんだわ」
「もし片付いてなかったら何を言ったんでしょうね、アイツ」
「知らんわ」
本当に口の利き方を知らない女だ。自分では取り繕っているつもりの台詞をよく吐くが、余りにも白々しく、見え透いた嘘にしか聞こえない。一体どうしたらあんな人間になれるのだろうか。
作品名:いるいる辞典 口の利き方知らない事件 作家名:飛鳥川 葵