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飛鳥川 葵
飛鳥川 葵
novelistID. 31338
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いるいる辞典 釈然としない事件

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今日も一日平和に過ごすことができた。決算を終えてからずっと穏やかな日々が続いている。毎週恒例の秋子の悲鳴だけで、大事は起きてはいない。
 オフィスを出る時、坊やの姿が目に入った。相変わらずのんびりと片付けをしている。だが少し様子が変だ。心配になって近づいてみると、浮かない表情をしている上に顔色が少し悪い。帰れば大好きな美少女キャラが待っているにもかかわらず。
「おい、新谷。調子でも悪いのか」
「……ちょっと過呼吸起こしちゃって。もう大丈夫なんですけど、なんか気分が……」
「何があったんだよ」
「聞いてもらえます? でもここじゃ、ちょっと」
「じゃあ、屋上行くか。今から煙草吸いに行くんだ」
 坊やは軽く頷くと大人しくついてきた。屋上に着き、火を点けて言葉を待つ。坊やは深呼吸を数回してから口を開いた。美和子の台詞に釈然としないという。

 昼から訳あってデスクに張り付いていた新谷は、飲み物がなくなり困っていた。誰か席を立たないか様子をうかがっていると、美和子がドアに向かっていく姿を見つけた。慌てて声をかけて引き留める。駆け寄って用件を伝え、財布を手渡そうとすると喚かれた。
「ちょっと、どういう了見かしら。たかがお茶1本でしょ。何故わたくしが行かなければならないのよ。こちらも合間を縫ってるの。他にもいるじゃないの」
「だから、ついでにと……。僕、電話をずっと待ってるんです。トイレにも行けないし……」
「一言伝えておけばいいじゃないっ。大人が何言ってるのよっ」
 新谷はその剣幕に混乱し、何も考えられなくなった。美和子は憂さ晴らしかのように喚くだけ喚いて出ていく。なんとか事態の整理をしようと試みるも、新谷の頭はパンクしてしまった。過呼吸を起こし、壁にもたれていると美和子が帰ってきた。
「まだここにいるの。さっさと席に戻りなさいよっ。電話待ちなんでしょう」
 新谷は必死で席に戻った。

「僕が悪いんですか」
「よく分からんのだが、なんでそんなに張り付いてたんだ」
「あの、最初かかってきた時、トイレに行ってたんです。慌てて折り返したんですけど、タイミング悪くて。今度は先方がお昼頃にかけ直すって。だから……」
「なるほどな。あの女はそんな事情を知ろうともせずに」
「僕が間違ってたんですか。だって、いつかかってくるか分からなかったんです」
「間違っていたとすりゃ、捕まえた相手だな」
「でも、いなかったんです。それにお昼前にちゃんとお茶買っておいたんですよ。まさかなくなるなんて……」
 坊やは途方に暮れているようだ。本人なりに色々と考えての行動だったのだから、そうもなるか。美和子は恐ろしいくらいの気分屋だ。いつ喚きだすかも分からない。捕まえた人間が、とは言ったものの、この坊やではその凄まじさを推し測れなかったのだろう。
「お前さんが間違っているとは思えんよ。帰れそうか」
 坊やはまた軽く頷いた。どう見ても整理がついていないようだが。