小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

願いの叶う本

INDEX|1ページ/1ページ|

 
 五歳の誕生日に、母から一冊の絵本をもらった。元からせびっていたセーラームーンのおもちゃと一緒に、枕元に並んでいたのを記憶している。見つけた瞬間はおもちゃのことしか目に入らなかったけれど、しばらくするとこの本が気になってたまらなくなった。
 なんの変哲もない、ただの少し古ぼけたえほんてあった。一つ変わったことがあるとしたら、その絵本には文字が一切なかったことだろうか。
 ペラペラとページをめくると、文字よりも雄弁に語る荘厳な風景のイラストが並んでいた。当時の私は特に、雪を被った針葉樹と異国の星空の絵が好きで、そのころは暇さえあればそのページを眺めていた。
 それから私は、跳び箱六段に苦戦したり、実らない初恋に泣き、アイドルにうつつを抜かし……。まあ、人並みに楽しく生きてきた。いや、大学で出会った気の合う男性と付き合いプロポーズまでされ、気づいたら娘が生まれていた。そんな幸せに満ちた今までを形容するのに「人並み」とするのは周りの人たちにあまりにも失礼だ。
 娘の五歳の誕生日に、あの本のことをふと思い出して、私が手にしたときよりも少し古びた絵本をプレゼントした。子供をもって初めて知ったが、未来を纏った子供の輝きというのは、誕生日にこれでもかというほどに強くなる。こちらがその幸せを知らないうちに願ってしまうほどに。
「これは願いの叶う本なの。大切にしてね」

 残念なことに、彼女は私ほどあの本に興味は示さなかった。その分、彼女は私よりも遙かに外向的に育っていった。自転車に乗ろうとして何度もひざをすりむいたし、手のひらの豆が潰れても逆上がりの練習を続けた。できるようになったときの涙はうれし涙だったのか怪我の痛みからだったのか見当がつかないほどであった。「みてみて、お母さん!」という弾けるような笑い声も昨日のことのように思い出せる。
 よく笑い、よく泣く子だったなあ、と思い返していると、テーブルの上で携帯電話が震えた。画面表示によると、娘からの電話のようだ。
「リナのおもちゃになるようなもの、そっちになにかない?」
 リナとは私の孫娘のことだ。先月幼稚園に入園し、娘と同じかそれ以上のパワフル振りを発揮しているらしい。その苦労話を聞くのも、私の楽しみの一つであった。
 ちょっと待ってよ、と、長らく物置になっていた娘の部屋の押入に手を伸ばした。奥に眠っている段ボールを引っ張りだして開けると、一番上にあの絵本がのっかっていた。懐かしいな、と呟いて表紙をめくると、私のお気に入りのページに娘が描かれていた。
 雪のページには雪だるまを作って遊ぶ娘が、星空のページには家族で出かけて見た流星群が。ほかのページも同様だった。
 私は声も出せずに驚いていたが、ふと、母の声を思い出した。「これは願いの叶う本なのよ」と。
「そうか……。これが私のお願い……」
 埃を被った絵本を撫でてみる。常人離れした幸せこそなかったが、もし大会社の社長妻に人生交換を申し出されても間髪入れず断れるくらいには私だけの幸せな人生を歩んできた。
 ふと、床が小刻みに震えていることに気がついた。電話のことをすっかり忘れていた。しびれを切らした娘が電話を掛けなおしてきたようだ。
「はいはい、ごめんって。……そうそう、懐かしいものがでてきたのよ。あなたが小さいときにあげた絵本。リナちゃんにあげるといいわ」
 電話の向こうで不思議そうな声があがる。
「まあ、そのうち分かるわよ。あれはなんたって『願いの叶う本』なんだから。叶えてから読んでご覧なさい。……またまとめて送るから。うん、うん、あと斎さんにもよろしくね。それじゃ」
 電話を切って、改めて絵本の埃を払った。さて、ほかにはどんなおもちゃを詰めればいいだろう。あそこのお菓子も入れたらきっと喜んでくれるし……ああ、段ボール箱一つで足りるかしら。
 私は鼻歌を鳴らしながら、絵本を贈り物候補の第一弾としてテーブルに乗せた。これからテーブルがどれだけ山盛りになるか見物だ。
 私はもう一度絵本に目をやり、この連鎖がいつまでも続きますようにと願った。この愛しさが起こした願いを、どうかいつまでも叶えてくれますように、と、小さな古ぼけた絵本に願った。
作品名:願いの叶う本 作家名:さと