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Merry Christmas、God bless you.

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Merry Christmas、God bless you.

彼女の久美子と24日の夜は予定を開けとく約束したが、僕はその約束を破らなければいけなかった。
 
 僕の職業はガーデニングだが冬になるとライトアップの為,街に点滅するライトを木や建物にくくり付けその点検などをする。
 大企業の内定をけって就いた仕事だ。僕の唯一の上司でパートナーである市川さんは女性だが僕らの仕事をこう言う。
「私達の仕事は裏方の仕事よ」
市川さんは本当に美人だが美顔が台無しだ。 
僕の会社は市川さんと私の二人だけしかいない。
 普段、洒落っ気のない軽トラックで移動する。

僕が初めて入社して市川さんのパートナーとなって市川さんの最初の挨拶が、

「言っとくけど私優しくないからね」

 本当に美顔が台無しだ。彼女は華奢だがよく動く。よく動くという事は良く仕事ができるということだ。
 彼女はこの業界のライトアップのコンテストで海外で賞を取ったらしい。市川さんにその事を触れても、大して反応がないからそんな特別な賞ではないかと思っていたが、同業者のある人から聞いたが、日本人でも受賞した人がほとんどいない、光栄な賞らしい。


ある時僕が仕事の後、ジョギングをする話を彼女にした。
「ジョギングをするから朝いつも眠そうになってるんじゃない。もっと他の歩くとか方法を変えたら」そう言われて、その時僕と市川さんは喧嘩になった。結局僕が折れてしばらく駅を一駅歩くだけの運動になったが、その事まで市川さんは口出ししてきた。
 小学校から大学まで彼女は体が弱かったらしい。
 僕たちは軽トラックに乗り、灯りが灯っていない現場に向かって走った。その時久美子からメールがあった。市川さんが運転してるし、移動中だからメールを返信しようとした。その時市川さんは、
「仕事中よ」
「でも彼女と約束を破ってまで、仕事に来てるんです。返信ぐらい…」
「甘ったれるんじゃないよ。私なんて365日仕事だよ。あんたにはちゃんと休みあげてんでしょ。クリスマスにうちらが働かなくてどうするのよ」
 しょうがなく僕は携帯をしまった。
「市川さん。休みの日に男でも女でも誰かと街を歩いて美味しいランチを食べたりしたいと思わないんですか?」
「くだらない」
 彼女はそう言った。しばらくした後、市川さんは
「私ね。子供の頃、体が弱かったの。それで学校も良く休んだわ。学校でもあだ名が幽霊だった時期もあるし」
 今日は深夜だし、らしくなく彼女はしゃべった。
「中学校の時文化祭で劇をやることになったの。みんな主役とか,ためらわず立候補して、私は大道具とか希望だったけど、劇で出てくる「死人」の役がなかなか決まらないの。誰も立候補しないから推薦という事でアンケートを取ったわ。誰が「死人」をやればいいか。残酷なアンケートね。私は「死人」に選ばれた。市川さんはさばさばした感じで、
「まあ、所詮人の世の情なんて当てにならないのよ」
 そう言った。
「さっ、仕事始めましょ」
 街に彩られたネオンの不具合を僕たちが直すのだ。
「そのカービングナイフ取ってくれない」
 木のライトアップを治すため薄汚い脚立に乗りながら市川さんは言う。
 そこを黒服をまとい、シャネルのバックを持って男性と腕を組んでいる女性が通る。一瞬見とれていた僕に、
「まだ軍手してなかったの?」
「荷物おろしてたから」
「遅すぎ」
 市川さんはとにかく言い訳を嫌う。そして彼女自身が裏方という仕事をボロッちいチノパンで作業をこなす。一つの作業を終え、またもう一つの作業を終え、僕たちはクリスマスイヴに、軽トラックに乗って東京中のライトを直した。

 もう時刻は1時を回っている。さすがのクリスマスイヴでもこの時間になると、通りに誰もいない。市川さんは、
「よし、仕事止め」
 そう言って僕は棺の様な感情を持たない道具箱に道具をしまった。そしてトラックに乗るかと思うと市川さんは、缶コーヒーを2つ買って、僕に渡した。
「ここで飲みましょ」
 僕たちはネオンの下で立ったままコーヒーを飲んだ。
 普段はあまり話をしない市川さんが今日はまた口を開いた。
「私20歳の頃ボーイフレンドがいたの。その頃の私は暗く、決して垢抜けた女性ではなかったけど、そんな私を彼は愛してくれている、その時はそう思っていた。
 ある時私は彼が他の女性と街で歩いているところを見て、あとでその事を問いただしたの。彼は『だから何だ。お前といると気が沈むんだよ。気が滅入るというか。別になんだったら別れても全然いいんだぞ』そう言った。私は本気で信じてたものが崩れていった。愛がすべて嘘になってただ震えて泣いた。それからね。男性恐怖症になったのは」
「その男の事は忘れてください。すべての人がその男の様な訳じゃない」

 十字路の向こうに紫色のネオンが輝いている。彼女は言った。

「私、人の愛し方が分からない」

 その時僕は彼女を抱き寄せた。そして過ちを犯した。たった一度だけ、最初で最後の過ちを犯した。

 彼女とキスをした。

 悲しくそして優しいドライジンの様なキスをした。
 僕たちは渇ききった者同士が求め合う様に強く抱き合った。

 ―――まるでそこに一つの愛があるかのように―――

 そして彼女の幸せを願った。
 東京中にオレンジ色のネオンが散らばっている。

“世界が優しくなりますように”

Merry Christmas Ms Ichikawa,

Got bless you.