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レジェンズ小話

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トゥインクル・トゥインクル


 世界をくれた君のために、僕は今でも物語を書き続ける。


 一息ついたところで、パソコンの前から離れて眼鏡を外した。集中力が途切れたら、妙にお腹がすいていることに気がつく。それで時計を見たら、もう随分いい時間で……。
「まあ、いいか」
 ポットに入れて置いてあるコーヒーをマグに注いで、一口。調子よく書き上げた勢いは、出来るだけ維持したい。まだ時間は大丈夫と頷いて、もう一度マシンに向かった。


 こんなコトもあったよね。
「グリードー? ウォルフィ? リーオン? みんなどこ?」
 少し野暮用をしてくると三匹が出て行ってから、もう1時間以上経つ。
 普段、ディーノの傍から離れることのない彼らだ。学校に行っているときでも、グリードーだけはいつも一緒に移動している。だから、ある日突然ぽつんと取り残されるのは、かなり寂しい。
「ねぇ……」
 この家は広い。母親が帰ってきてから、メイドたちにも暇が出されてしまったからなおさらに。
 昔に比べたら、それは寂しくなくなった。
 以前は、父親はお金儲けに夢中。母親は愛想を尽かして出て行き、広い家にぽつんとひとりぼっち。メイドたちは所詮、「坊ちゃま」と言うだけで、こんな心の内を知ろうとしてくれなかった。
 それが、グリードーと出会って変わったんだ。
 たとえて言うなら、無色透明の世界に色がついた。彼のおかげで、家に灯りがもう一度灯ったんだ。
「グリードーっ」
 おっかない顔をしているけど、とても優しい炎の竜。たくさんの部屋のドアを開けて彼を探す。
「おや、どうしたんだい?」
「ああ、母さん……。グリードー、知らない?」
 ちょうど食事の準備をしているメリッサが笑いかけてくる。彼女がこの家のキッチンに立つ日がもう一度来るなんて、数ヶ月前には想像できなかったことだ。
「さあね? もうすぐ食事だから、あの3人も呼んでおいで」
「うん、分った」
 ドアを閉じ、また探しに歩き出す。
 レジェンズたちは食事をしなくてもタリスポッドに戻れば生きていけるらしい。だけど、食べるのも大好きだ。これが一般家庭ならばあっという間に家計に火がつくところだが、幸いスパークス家には金がある。扶養家族が多少増えたところで痛くも何ともないらしい。
 長い廊下を歩いていくと、角でばったりブルーノとぶつかる。
「おお、ディーノ! そんな浮かない顔をしてどうしたんだい?」
「父さん、ちょうどよかった。グリードーたち知らない?」
 昔はこんな会話もまずありえなかった。なんとなく縮まった距離。そう、手を伸ばせば掴める位の、そんな親子関係。
「グリードー達なら、外に居たよ。なんでも……」
「ありがとう、父さんっ!」
「あー、ちょっと?」
 あっという間に駆けていくディーノ。ポツンと取り残されたブルーノの、行き場のない手がちょっと寂しかった。

「おい、そこの位置はよくないぜ」
「ああ。もうちょっと左だな」
「……っていうか、お前ら手伝えよ」
 薔薇の咲き誇る温室。いつもの薔薇の手入れかと思いきや、グリードーたちが手にしているのは可愛らしい机やテーブル。らしくない姿に、一瞬、ディーノは入り口で固まってしまう。
声をかけてよいものなのかどうなのか、迷うこと暫し。
「あ、坊ちゃん!」
 立ち尽くすディーノを見つけて、嬉しそうにリーオンが手を振る。反対に、あちゃーとグリードーとウォルフィが顔に手を当てる。
「……あ、邪魔だった?」
 ふたりの様子に、ディーノが踵を返そうとする。彼らに嫌われるのは、今すぐ泣き叫びだしたいくらいショックなことだから。
「待つんだ、ディーノ」
 ドシンドシンと大きな足音を立てて、グリードーが入り口に向かう。ひょいと掬い上げられて、ディーノは慌てて爪を掴む。
「グリードー?」
「おまえを驚かせる予定だったんだがな」
 そういって運ばれた先では、ウォルフィが椅子を引いて待っていた。
「パーティの準備ですよ」
「パーティ……って?」
 思わず鸚鵡返しに聞き返す。
「お母さんがこの家に戻ってきて1ヶ月でしょう?」
「それに、俺たちが居候はじめて1ヶ月」
 ニコニコと笑う3人の姿に、あっと声が上がる。
「それで、びっくりさせる予定だったんだ」
 鼻を掻く仕草は、きっとグリードーの照れ隠し。
「…………みんな、ありがとう」
 心がポカポカして、嬉しくて涙が込み上げてくる。
「泣くことはないだろう?」
 大きな手が顔を撫でる。
「そうですよ坊ちゃん。こういう時は笑って」
「そうそう、ニッコリ」
「お前は笑うと怖いから」
「なんだとーっ」
 いつものウォルフィとリーオンのボケ突っ込みすら、可笑しくて楽しくて涙が溢れる。
 見た目は本当に怖いレジェンズたちだけど、こんなにも優しくて温かくて……。
「さあ、ディーノ。座ってくれ。おやっさんたちを呼んでくるからな」
 グリードーの声に、ディーノは頷いた。


「おーい、キザ夫? 腹へったー」
 ノック音と共に開けられたドアリ向こうから、シュウがぼやく。
「……あ、悪い。まだ何も作ってない」
 もう少し、と思っていたけれど、結構な時間が経っていたらしい。慌ててマシンの前から立ち上がる。
「また書いてたんだ?」
 ディーノの背後まで来たシュウが、マシンを覗き込む。
「ああ……。いつか、みんなのことをちゃんと知らせたいからさ」
 人々が忘れ去ってしまったレジェンズ。彼らのことを、本当に大好きだった彼らのことを伝えるのが、自分の役目だと思うから。
 頷くディーノの肩を乱暴に抱いて、シュウは笑う。
「おいっ」
「完成したら、おれも頑張って読むぜ?」
 そんなことを言うけれど、シュウが活字をちゃんと1冊、マトモに読んだ事は今まで一度もない。でも、その気持ちが嬉しい。
「……最初に渡すよ」
「ああ。じゃ、飯にしようぜ? 何もないんだったら食いに行こうっ!」
 行くぜと繋がれた手。
 グリードー。今の僕たちの姿を、君たちにも見せたいよ。
 心の中に残る面影に語りかけ、ディーノは歩き出した。



作品名:レジェンズ小話 作家名:架白ぐら