Bhikkhugatika
織布
幸せなんて口が裂けても言えなかった。自己にまつわる葛藤を乗り越えた後、その葛藤が理解されたとき、幸せと言うことができるとは、思いもよらなかった。楽しいなんて気持ちは忘れかけていた。経験を打ち明け合って了解し合えたとき、憂いが去って楽しい気持ちになるなんて、知らなかった。心から笑うことなどついぞなかった。わかり合えた人と共にいると、止めどなく笑い合えるなんて、初めて知った。
それで俺は、いつか一緒に生きていきたいと思える人が現われたときのためにと用意しておいたものを、すべて彼女に贈った。KEENのハイブリッドサンダルNewport、アルプスの丘に佇むお嬢さんが着るような青に白い花柄のディルンドル、金銀色にきらめくシルクのワンピース。俺が世界中を旅して集めた宝物だ。
彼女は泣きながら電話をかけてきた。俺たちは一秒でも早くこの土地を夏にしてくれることを太陽に願った。
俺は机に肘をつく。俺の自己に去来するのは、もちろん俺たちこの星の人間のことだ。それぞれに自らにしか知ることのできぬ、ひとりで作った自己に依拠して、自らにしか了解できない理論の承認を互いに迫り合っては、互いに怒りを競わせるところの、ひとりで勝手に壁をこしらえて、自ら自らを苦しめるこの三番目のチンパンジーたち。欲望の連鎖の果てに辿り着いた当地において、祖先たちが葛藤の果てに残した英知の記録は伝えられてはいるが、それが経済的な存在ではないために、当世では彼らの経験は、地下の洞窟においてかろうじて伝承されていくのみだ。
だから俺は、不思議なことにこの市場に売れ残っている、祖先たちが織った織布をすべて買い上げて、俺と彼女が一緒に探究し経験して織った織布と組み合わせて、シャツやらワンピースやらを仕立てていくことにしよう。俺と彼女が着る分だけでなく、誰もが着られるように寸法を調整して。
作品名:Bhikkhugatika 作家名:RamaneyyaAsu