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ほおずき

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柔らかな朝の陽射しが、ボクの全身を包んだ心地良さを感じながら部屋の鍵を開ける。
「ただいまっと」
誰もいるはずのない部屋に向かって ボクは言葉を投げかけた。
おかえりなさい…とキミの声を 頭に浮べながら靴を脱ぐ。
ほんの数歩のリビングへの廊下を ひとり歩くボクが居る。

今朝は、いつもより早く目が覚めた。
せっかくなので散歩に出かけることにしたのだ。

朝の目覚めは、リビングだった。
仕事場だったといえば少しは頑張ったように思われるかもしれないが、昨夜、部屋に帰って来て ごろんと ひんやりとした床に転がったまま、眠ってしまっていた。いびきは、かいていなかっただろうか。
覚えている限りでは、冷蔵庫から 水を出して飲んだ。上着を脱いでどこかに置いた。
そんな記憶も 今朝起きて辺りを見回して見つけた状況を 曖昧な記憶に置き換えていっただけに過ぎない。起きたては、頭痛に似た頭の重さを感じていた。
一番確かなことは、ボクは、酔って帰ってきたということかな。

昨夜、久し振り、いやいや 指を折ってみると十年は経っているだろう友人に会った。
ボクが 進学した高校でほんの二ヶ月間一緒に過ごした同級生。クラスメートと言っていいものか……。 いやボクは、時間じゃない友情を彼と交わしたような気でいる。
連絡先など 教え合うこともなく、音信不通状態だった彼と、立ち寄った本屋で「あ」本当に「あ、君って…」とお互い三秒ほど半開きの口のまま、記憶の綱を手繰り寄せ(君だよな)というところまで辿り着いた感じだった。
お互い 容姿だって多少は変わっているに違いないが、お互いを認識できたことは、奇跡のような衝撃だ。やや大げさとは思うが、嬉しさを上乗せすると それぐらいはいいだろう。

彼は、仕事の途中だったのか、スーツを着ていた。暑い時期に許されるクールビズも 彼の行き先には関係ないのか それにあったネクタイを締めていた。
ボクはといえば、部屋での楽さを追求したような服よりは、多少街で見かけてもだらしなくは見えないだろう服ではあったものの、彼と並べば、オンオフを感じるところは否めなった。でも 外見ではない。中身は、懐かしさに優劣のないのだ。
(あのスーツまだ 着られるかな……)と腹のところに手を当てたボクを彼は気付いただろうか。

彼は、もう一箇所出かける先があると言ったが、このまま またいつ会えるとも分からないことをお互い残念に感じ、一時間半後に落ち合う約束をして別れた。
そして、ボクはその時間を 本屋で過ごした。

多くの看板を見れば『本屋』ではなく『書店』と言うだろうが、子どもの頃からボクは『本屋』という言い方をしてきた。以前、友人の誰かにそれを指摘されたことがあって 人前では『書店』と言ってはみたが、やっぱりボクには『本屋』という言い方がしっくりして いつしかやめた。ボクの小さなこだわりなのだろう。 
作品名:ほおずき 作家名:甜茶