小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

関西夫夫 コーヒー

INDEX|1ページ/1ページ|

 
お役所というところは、結構、出張がある。俺の亭主は、かなり強引に回避しているらしいが、それでも年に一度か二度くらいは、出張する。以前は、しつこいくらい電話があったが、最近は一日一回になった。その代わり、呪いか、というほどメールはくる。

「メシ。」「メシを食え。」「メシ。」「メシは大切。」


 などという、呪いの言葉が、何時間かに一度届いている。いちいち、メールを開くのも面倒なんで、無視や。一回や二回、メシを抜いたところで、人間は死なない。それは、俺が身体で立証してる。それでも俺の亭主は心配性なのか、小言を食らわすのだ。たかだか、一泊二日の出張で、しつこいちゅーねんっっ。こっちも仕事しとるんやから、ほっとけ、と、ツッコミしたい。
 
 とりあえず、五月蝿い携帯はマナーモードにして放置した。俺の仕事は、ちょっと特殊なので、九時五時ではない。以前よりは、早く帰れるとはいえ、九時が普通の帰宅時間となる。今日は、早く帰る必要が無い。いつもは、俺の亭主がメシを作って待っているから、ちゃんと帰らなければならない。その待っている相手がいなければ、好きな時間に帰宅できる。とはいっても明日も出勤やから夜遊びするほどの根性はないけど。
 
 ブラブラと河原の土手を歩く。すっかり秋も終わりかけで、ススキが枯れて月の明かりの中で揺れている。川の向うの田んぼも稲刈りが終わり、ただの土に戻っている。田んぼの水溜りが、月の明かりで光って見えるのが、とてもキレイやと思う。ぼんやりと橋の上で、それを眺めてたら、胸ポケットの携帯がブルブルと震えた。
「うっさいのー。いちいち、電話してこんでもええんじゃっっ。」
 携帯を取り出して開口一番で怒鳴ったら、「おまえ、外やな? 」 と、静かな声がした。
「今、帰りや。そろそろ着くわ。」
「さよか。ほな、歩き。ほれ、イッチニ、イッチニ。あとな、冷蔵庫にメシ入れといたからな。」
「わかったわかった。」
「寂しかったら、家から電話してくれ、電話でエッチしよーやないか。」
「どこのエロ親父や? このおっさんはっっ。」
 叫びながら、足は進める。いつも、時間が遅くなると、俺の亭主は電話してくる。俺は、景色を眺めてぼんやりするのが好きやから、風邪をひいたらあかんから、と、心配するのだ。毎日、だいたい同じ時間やから、きっちり電話してきよった。
「着いたから切るで。おやすみ、花月。」
「ちゃんと、風呂入ってメシ食いや? 水都。」
「はいはい、うるさい亭主やのー。」
 携帯を切って玄関の鍵を開けた。いつもは、亭主が先に帰ってるから明かりがついている。それがない。真っ暗なので、自分で電気をつける。それから、居間に行って、こたつをつけた。シーンと音が無い。これはこれで心地良いので、はあーと息を吐く。
 冷蔵庫を開けたら、タッパーに入った弁当らしきものが見えた。どこまでマメなんやろーと思いながら、それは無視する。バタンと冷蔵庫をとじて、小鍋に水を入れて沸かす。その間に、インスタントコーヒーをマグカップに入れて、ついでに砂糖もいれる。お湯が沸いたら、それを入れて、そのまま放置して、風呂に入る。面倒なんで、シャワーを浴びるだけで済ます。これでも進歩したやろ、と、我ながら思う。昔は、冬なんか三日か四日はシャワーも浴びひんかったんやから。着替えは、ちゃんと用意してあった。本当にマメやと思う。


 パジャマに着替えて台所に戻ったら、ちょうどええ感じにコーヒーは冷めていた。それを手にして、こたつに座り込む。携帯をスーツの内ポケットから取り出して、こたつに置いてあった。
 ふーふーと息を吹きかけてコーヒーを冷まして、一口飲む。じわりと甘いもんが入ってくると、ほっとする。学生やった頃、昼飯は缶コーヒーやった。これで十分、カロリーは摂れる。
 それから、携帯を開けた。メールボックスは、ずらりと俺の亭主の名前が並んでいる。俺には、メールのやりとりをする知り合いはないので、普段から亭主の名前が並んでいるが、未開封のメールが二十も並んでいると笑えて来る。
 一個開けたら、たぶん、移動中のもんやった。お昼ご飯には、米ものを食え、という注意がメインだった。次は、おやつも食え、という内容。さらに、夕方、晩御飯は冷蔵庫にあるから食え、という言葉。その合間に、「メシを食え。」 と、「メシ。」という短いメールが数通。それをひとつずつ読みながら、コーヒーを飲む。よう考えたら、あの亭主とつるむ切欠になったのも缶コーヒーやった。授業が終わったら、学内のベンチで缶コーヒーを飲んでいた。あれから十数年、ようもまあ飽きひんもやと感心する。そんなことを、つらつらと考えていたら、メールを読み終わった。

 亭主は留守だが、うるさいメールを読んでいると、まるで耳元で小言を食らわされているように感じられて寂しくない。コーヒーを飲み干したら、立ち上がって、布団に入る。
 腹はぬくもったので、電気毛布を入れて布団に入れば、すぐに眠くなる。一日ぐらい、亭主が留守でも寂しくなくなった。というか、たくさんのメールを読んでいれば、側に居るのと変わらない。だから、亭主は、メールをしてくるのだろう。

 明日の夕方には、俺の亭主は帰ってくる。どうせ、なんやかんやと文句を言うやろうから、静かなんも今日だけや。
作品名:関西夫夫 コーヒー 作家名:篠義