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食べ物による小話 #01「チキンナゲット」

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「チキンナゲットが食べたい」
 頃は初夏。時は昼過ぎ。場は公園。
 僕の横に居る二十歳過ぎの女がそう言った。
 特に何かをしていたわけではない。夏の昼下がり、やることもないので公園のベンチでだべっていただけ。益体のない話の中、話題が尽きた時、突然そんなことを言い出したのだ。
「チキンナゲットが、食べたい」
 繰り返す。
「チキンナゲット……ね……」
 二度も。しかも強調して言われてしまえば、相方である僕も反応せざるを得ない。
 僕らは、確かに昼食を食べていなかった。小腹が空いたことは、僕自身無視出来ないと思っていたところだ。しかし、「チキンナゲット」が売っているマクドナルドはここからずいぶん遠いところにある。炎天下の中歩くのは、ご勘弁いただきたい。
 なにかないかな。
 僕が少しうつむいたままの顔を上げ、前を見てみると、遠目に赤い看板・にやけた白いオッサン・KFCの文字。
 これ幸いとはこのことじゃないか。
「あそこにチキンのナゲットがあんじゃん。それでいいじゃん」
「だめ。ケンタじゃない。マクドのがいい」
 ずっぱし。
「でもマクドねーよ、この辺」
「やだ。食べたい」
「食べたいってあんた。子供のだだじゃあないんだから」
「食べたいったら食べたい。そういう時ってない?」
「いやあるけど」
「じゃあ食べに行こう」
「だからこの辺にマクドはねーっての!」
「あんじゃん。名駅の」
「遠いわ! この炎天下、名駅まで歩くんか!?」
「いーじゃん。歩こうよ」
「いやだ。僕は歩かない。それなら、あそこにあるケンタで充分だ」
 わざわざ猛暑の中を、三十分も歩いて鳥のからあげを食いに行くようなやつがいるだろうか。それが幻の手羽先よろしく、幻のからあげってんなら話は別だ。
 しかし、そうじゃない。いつでも買えるようなヤツだ。ミスタードーナツと同じくらい普及度があるぞ。いやそれ以上か?
「やーだー! 食べたいの。行こうよ」
「やーだー。歩きたくない。諦めるぞ」
 わがままに、ついつい口も悪くなる。
 しかし彼女は強情だった。
「なんで? なんで食べたくないの? おいしいよ?」
「お前、そしたらなんでケンタじゃ駄目なんだよ。あれだってうまいぞ? ハンバーガー屋より年季入ってんだから。とりからに関しては」
「いやよ。バーベキューソースがない」
「僕はマスタードしか食ったことがない」
 ――前後がつながってないのは僕自身でも分かってる。突っ込まないでくれ。
 ところがどっこい、彼女はそんなことにも介さず、続けてきた。
「そもそもケンタはでかいのよ。女の子には酷よ」
「でかい方が食い手があっていいじゃないか」
「食い手があって喜ぶのはワンピースのルフィくらいなものよ。ナミは小食でしょ」
「でも大酒のみだ」
「ロビンだって」
「ロビンは一回、口と鼻に箸突っ込んで踊ろうとしてたぞ。やってみせるなら行ってもいいぜ?」
「うっさいオタク」
「だまれ。オタクのおかげで読めてんのはお前だ」
「変態」
「はいはい」
「ロリコン」
「ちげーし」
「ゲジゲジムシ」
「……それはひどくないか?」
 ちなみに正式名称はゲジかオオゲジである。験者がなまったとか。実は益虫。
「ゲジゲジムシィ……」
 彼女があつそうにうなだれる。汗が首筋を伝ったのが見えた。暑くなったのか。熱くなったのか。
「もう! なんでそんなにマクドを嫌がるのよ」
「そもそもこの気温がイヤなんだ。松岡修三でもない限り、この温度はイヤだろ」
「確かに熱い。これじゃペンギンがかわいそう。北極の水面上昇とかさ」
「北極にペンギンいねーし。南極だし。てか、よくわかんないなら話題にあげてやんなよ。ペンギンがかわいそうだろ」
「もっとかわいそうな人に言われたから、かわいそう指数が上がっちゃったわ」
「……もういいよ……」
 そこで、女が立ち上がった。男の目の前に仁王立ちし、腕を組む。
「さ、行くわよ。マクドへ」
「やだ」
「行くの!」
 僕は彼女の向こうにある赤い看板を指差した。
「いーじゃないか。あそこの白いオッサンで。黄色いピエロよりかっこいいだろ?」
「いやよ。あんな、特許期間が切れたら内容を公開しなくちゃならないからって、特許も取らないようなケチな店は」
 オッサンに関しては否定しないのか、こいつ。
「からあげが食べたいのなら、そこらのコンビニで売ってるだろが。からあげクンは当たり外れが大きいけど、からあげ棒なら大体おんなじだぞ?」
「だから、私はマクドのチキンナゲットが食べたいの。鳥のからあげが食べたいわけじゃあないの」
「じゃあ、今度にしよう。今日はいやだ」
「今日食べたい。ってか今食べたい」
「歩いてでも?」
「歩いてでも」
「あ、駄目だ。僕、今日歩くと怪我するって言われた」
「誰が?」
「……近所の猫」
 歩きたくないがために、苦し紛れに言ってみたり。
「近所の猫は、なでようとしたら警戒されたって、こないだ凹んでたじゃん。今さら忠告なんてしてくれる?」
「さっきから否定のポイントがおかしくないか?」
「そもそもここまで歩きで来たんでしょ?」
「ここまでならOKって言ってたんだよ」
「奇特な猫ね。そういえば、今日、私も猫に言われたわ」
「なんて?」
「チキンナゲットを食べないと、彼氏が怪我するって」
「堂々巡りかよ!」
「ほら、いいから行くわよ」
「あー……もうほんとやだ」
 蝉の声が聞こえる。一時期よりはだいぶ薄くなったそれは、九月を感じさせるには都合がよかった。
 それでも、外はとても暑い。
 結局、あせだくになって、僕達はチキンナゲットを半分こして食べたのだ。
 意外とうまかったよ。バーベキュー味。