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漂流

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絶望と孤独が私の心を支配していた。周りには漆黒の闇が広がるばかりで、ただ星々が哀れむように私を見つめていた。

船が突然エンジンに点火して急激な加速を始めたとき、私は船外活動中だった。船体にケーブルを繋いでいなかったために私は命拾いした。もし繋いでいれば、発進の衝撃で私の体は船体に激しく打ちつけられていただろう。あるいはエンジンノズルの噴射に巻き込まれて、燃え尽きていたかもしれない。だが命拾いしたのも束の間のことだった。EMUのバッテリーはすでに切れ、酸素供給は予備タンクに切り替わっていた。あと10分もすれば、その予備タンクの酸素も尽きる。遅かれ早かれ、死は目前に迫っていた。

こうやって唯一人宇宙空間を漂っていると、どうしようもなく不安に襲われてくる。落ちているのか、漂っているのか、上下もなく方向もわからない。空間が広すぎて、まるで感覚が役に立たない。子供の頃によく見た悪夢のようだ。気が狂ってもおかしくはなかった。私は忍び寄る恐怖に心を蝕まれないよう、できる限り正気を保とうとした。

船が急発進した理由はわからなかった。私を収容する余裕もないほどの緊急事態だとすれば、クルー全体の生命を脅かす何事かが起こったと考えねばなるまい。私一人の命を犠牲にしても、クルー全体の利益を優先させる。それは正しい判断だった。この宇宙では、一瞬の判断の迷いが命取りとなるのだ。

私は寄るべきものもないこの空間の中に、何とか自分の位置を定めようと、目印となる恒星を探して辺りを見回した。ふと、ある一画だけ星空が奇妙に切り取られているのに気付いた。それは幾何学的な直線をなしていた。とうとう幻覚が見え始めたのかと思ったが、そうではなかった。それはみるみる大きくなってゆき、私の目の前でピタリと停止した。

私は畏怖の念を抱いた。それは何か人工的に作られたもののようだったが、その大きさは地球上のいかなる建造物よりも大きそうだった。と次の瞬間、星々の光は消え去り、完全な闇が私を包んでいた。どこまでが自分で、どこからが外部なのか、その境界が曖昧になり、まるで自分自身が闇に溶け込んだようだった。そのうち息苦しくなってきた。どうやら予備タンクの供給も切れたようだ。私は薄れゆく意識の中、死の直前に現れた謎の物体について考えた。あれは自然物ではありえない。誰かが意図を持って作ったものだ。いったい誰が?だがもはや私には知る由もなかった。



気が付いたとき、私は明かりの中にいた。体のふわふわした浮遊感は消えていた。私は重力場の中にいたのだ。そこはどこか部屋の一室らしく、私は床の上に横たわっていた。ヘルメットは外され、宇宙服も脱がされていた。部屋には呼吸できるだけの気圧が保たれているようだった。どこに光源があるのか、部屋全体が白い光に包まれていた。部屋には窓一つなく、出入りできるドアらしきものも見当たらなかった。

いったい私は加速する宇宙船の中にいるのか、それともどこか惑星の上の建物の中にいるのだろうか?外の様子を伺い知ることができないため、私には判断できなかった。突然ある考えがひらめいた。そうだ、死の直前に私の前に現れた、あの謎の物体の中に私はいるのだ。ではここは宇宙空間なのか?重力が感じられるということはあの物体が加速しているということなのか?いったいどこへ?

そのとき、部屋の明かりが徐々に暗くなってゆき、私の周りに星々が現れた。目の前には渦巻銀河が視野いっぱいに広がっていた。どうやらこの船(?)はその銀河の中にある惑星系へと向かっているようだった。私は何物かから招待されたらしい。何故私が選ばれたのかはわからない。そしてこの先何が待ち受けているのかも。だがそこにあるものはきっと私の想像もできないものに違いない。


絶望は消え、喜びが私を包んでいた。私は長い間、この日が来ることを待ち望んでいたのだ。人類はこの宇宙の中で孤独な存在ではない。たとえこの先に何が待ち受けていようとも、私はもう怖れてはいなかった。私は人類で初めて、ETIと接触する者となるのだ。
作品名:漂流 作家名:七尾一郎