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いやだ

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「いやだ」
兵士が自らの銃を手にした時に、そう頭に言葉が刺さってきました。
それでもかまわず銃を持ち、兵士は駆け出します。
「いやだいやだいやだ」
頭にはそんな言葉ばかり頭に刺さり続けるも、兵士は無視を続けます。
 走りながらも、弾丸が入るだけ入った弾倉を銃に着け、なおも兵士は急ぎ走って行きます。
転げるように、落ちるように塹壕に入ります。
塹壕の中には、傷ついた仲間たちが苦しんでいました。
「いやだいやだいやだいやだいやだ」
頭の上に恐ろしい声を上げて向こうから弾丸が飛んでくるのです。
ばしばしと、塹壕の前に積み上げた土や石に当たり砕けていきます。
 向こうからはそんな弾丸よりも飛んでくるのは、殺意。
ただただ、ただただ、殺意。

 急いで自らを隠し、樹木や土と紛れ、表情感情を偽装する塗料を塗りつけて。
眼球の白いところばかり目立たせて、血走らせて。
「いやだいやだ、いやなんだ」
弾丸を、敵意を撃ち返して。
「いやだ」
ガチンと撃てない。
不良となった弾丸を取り出し、弾倉をさらに押し込んで、狙いをつけて、覗き込むのは、敵の顔。
青白い敵の顔。
「いやなんだよ!」
ガチン。
撃てない。
「ふざけんな! この野郎!」
「いやじゃないのか! 人を殺すのが! 敵意を向けるのが! 向けられるのが!」
「敵意だらけのその中で戦うから守れるものがある! 戦うから自分の身を守れる!
世界がどうとかは知らん! でも今は戦うだけだ。
この戦いがどうだとかわからん。 はよ終われとしか思わん。
どう抵抗しても世界何もかもすりつぶして進んでいく。
戦え! 俺らがそろってくたばる位なら、戦え」
「………」
再び狙いをつけて、敵のかおに向け、銃の声が響く。

敵意、殺意を返し合い、話合えば、何かが違えば仲間になれたかもしれない同士で撃ち合い、終わりました。
兵士は、銃を手に再び駆け出します。
次へ、また次へ行くために。
誰もが持つ、いやだを押し込めて、駆け出して行きます。
 戦わせる者たちが、兵士たちをどうしたいのかわからないまま。
生きるために、何かを守れると信じて、何かを得られると希望を持って。
兵士は行くのです。

「………」
「何かしゃべれよ」
「………」
「何かしゃべれよ」
「早く終わればいいな」
「そうだな」
兵士の一言が、空気を少し震わせ、消えました。
作品名:いやだ 作家名:羽田恭