プログラマー
プログラミングは囲碁や将棋と似ている。
定石をしっかり身につけておけば、後は経験と発想力が物を言うのだ。
学生時代、就職の時期になってもリクルート・スーツやエントリーシートに馴染めなかった俺は、気がつけばフリーのプログラマーになっていた。
依頼主の企業の求めに応じたオブジェクト(プログラムのパーツ)をC言語で完成させ、送信する。それだけの仕事だ。
そのオブジェクトがゲームの一部なのか産業用に使われるかは知る由もないし関心もない。
そういう仕事だから人との会話も少なく、コンビニに行く以外は部屋に引きこもりの生活となった。
「ずいぶん不健康ね。たまには海にでも行きましょう」と、ゲームの中の彼女は誘ってくれるが現実に誘ってくれる者などいない。
これではいけないと思い立ち、フェイスブックに登録して似たような境遇の人を探してみると、
「ハーイ、トシキ。私はエリー。あなたと同じフリーランスのプログラマーよ」
「こっちはプルミエ。フランスで同じような生活をしているよ」
と、瞬く間に二人の友人ができた。
実際には会った事もないのにフェイスブックやEメールを通して互いにアイデアを出しあったり情報を交換したりする内に、エリーがおいしい仕事を持ってきた。
「2、3時間で完成できるオブジェクト1本につき1000ドルだって」
「そりゃすごい」
「しかもプログラマー一人にそれぞれ秘書が付くらしいわ」
「ほんとかよ」
俺は美人秘書を従えたスタープログラマーになった自分を想像した。
「だけど一つ条件があって、秘密保持の為に会社の用意した場所でプログラミングするんだって」
「秘密保持ってのは怪しいな」とプルミエ。
「で、どこなんだ?」俺は一応聞いてみた。
「カリブ海のコテージ。世界有数のリゾートで仕事しませんかって誘われたのよ。でも一人じゃ怖いから、あなた達も一緒ならばって条件を出したの」
暖かいカリブ海で巨額の報酬をもらいながらリゾート気分で仕事をし、美人秘書まで付いてくる。
多少胡散臭い話だが俺はエリーの話に乗ることにした。
このまま一生、誰とも付き合わずに部屋の中で過ごすより、ちょっぴり冒険をしてみたい。
そんな気持ちが不安を駆逐したのだろう。俺が引き受けるとプルミエもこの誘いに乗った。
が・・・、
予想と現実はだいぶ異なっていた。
「君が日本から来たトシキ君か? 私が君担当の秘書、ミゲール・ゴンザレスだ」
アンティル諸島にある小さな空港を降りるとプロレスラーのような巨漢が握手を求めてきた。
その上、仕事場となるコテージは点在する数百の小島に別れていて、プログラマー同士顔を合わすこともできないとあっては、リゾートどころか監視付きの島流しという感じだった。
「ひどい環境だな。そっちは無事かい?」
俺がエリーとプルミエに連絡するとすぐに彼らから返事が帰ってきた。
「なんとか無事よ。でもこれじゃあ一緒にディナーもできないわね」
「まあ、場所がカリブというだけで、僕らにとっては今までと全く変わらないってことさ。早いとこ仕事を終えてみんなでクルージングを楽しもうよ」
俺達はコテージで缶詰になりながら依頼されたオブジェクトを次々と作り上げていった。
依頼主が正直に支払ってくれるとは限らないが、俺達は一ヶ月足らずで数百万円を稼ぎだした。
これだけあれば、セント・ルシアの高級ホテルで三人一緒に数ヶ月は楽しめるだろう。
そこで、「そろそろ止めないか?」とみんなに打診すると、エリー達も同意見のようだった。
ところが、そのことに企業側が難色を示したのだ。
契約では最低1ヶ月とあるのだが、秘書のミゲールは「プロジェクトが完了していないからダメだ」と突っぱねるではないか。
仕方がないので俺達はもう1週間だけ、働くことにした。
その夜、いつものようにフェイスブックで連絡を取り合っていると、プルミエが気になる事を言い出した。
「なあ、僕らの仕事はオブジェクトを作るだけでプログラムの全体像は見えないんだが、三人のオブジェクトで推測するとこれは無人兵器の制御プログラムじゃないか?」
「そういえば私が以前ハッキングしたミサイルの制御プログラムもこんなコードが使われていたわ」
「だとすれば深入りしないうちに辞めたほうがよさそうだ」
俺は秘書のミゲールに、やはり辞めさせて欲しいと告げることにした。
だが、隣のコテージにいるはずのミゲールは不在で、買い出し用のクルーザーもない。
「もしかして、そっちの秘書もいなくなったんじゃないか?」
焦った俺がエリーにEメールで尋ねると、やはり彼女の秘書も消えていると言う。
しかもPCで雇い主に連絡すればエラーしか出なくなっていた。
その時プルミエから緊急メールが来た。
「大変だ! 僕が最後に作ったオブジェクトの座標はどうやらトシキのいる島らしい」
「私が打ち込んだ座標はプルミエの島らしいわ」
とすると、これが意味するものは・・・。
あわてて空を仰ぐと雲の切れ間からミサイルがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「詰まれたな・・・」俺はポツンとつぶやいた。
( おしまい )
作品名:プログラマー 作家名:おやまのポンポコリン