ショートケーキ
手作りのイチゴショートケーキを自転車の前かごに入れて走る。
いや、ショートケーキもどきと言った方がいいか。
スポンジが何度やってもうまく行かず、お母さんに「無駄遣いしないで」怒られて。
結局ホットケーキを何枚か焼いて、それにスライスしたイチゴを挟んで、周りをホイップクリームで覆って、冷蔵庫に数時間入れて固めて…。
一番上には
『せんせい、ごめんね』
の文字。
数日前先生が引っかかってしまったいたずらに対するお詫び。
それにしても、あんな簡単ないたずらに引っかかるなんて。
昔からみんなやってるいたずら。
ドアの間に黒板けしはやむヤツ。
いつも冷静沈着な先生が、どう反応するのか見たいと言って、クラスの男子が授業の始まる前にいたずらを仕掛けた。
始業のベルが鳴って、みんな席に着く。
コツコツと、先生が歩いてくる足音が聞こえてくる。
廊下のすりガラスに先生の影が映って。
「よーし、授業始め…」
そう言いながらドアを開けたとたん、先生の頭に落っこちて行った黒板けし。
先生のさらさらの黒髪が白い粉にまみれて。
「けほっ、ゲホ…!な、なん…ゲホッ、コホ!」
ワー!!と言うクラス中の歓声。
私も一瞬手を叩いて喜ぼうとしたその時…。
私の目に入ったのは、私が先生の誕生日に上げたネクタイだった。
黒い高そうなスーツの肩から、そのネクタイにかけても白い粉がぱらぱらと零れ落ちていっていた。
先生は、私が高校に入ってからずっと憧れの人だった。
担当教科は英語。
アメリカからの帰国子女ということもあって、英語の発音もきれいだ。
なぜかクラスの級長というものになってしまった私。
職員室にクラスで集めた書類を担任の先生に提出しに行った時、寺田先生が担任の先生と誕生日の話をしているのを偶然聞いた。
『彼女と食事でも行くのかよ』
担任の先生がからかう。
『バーカ、んなのいるわけないだろ』
ドキリとした。
ただの照れ隠しなのか、本当に彼女がいないのか…でも…もしかして…アタックのチャンスかも。
先生は、他の女子生徒にも人気があったから先手を打ちたかった。
バイトで得たお金、少しなら預金がある。
とても高級なネクタイは買えないけど、それでもなるべく高そうに見えるネクタイを選んだ。
そして、先生の誕生日の放課後、学校内に他の生徒がまばらになるのを待って、先生の担当する教科の準備室に行った。
しばらくドアの前で迷っていた。
恥ずかしさもあったし、もし突っ返されたらどうしようと言う不安もあった。
深呼吸して、意を決してノックしようとしたその時、準備室のドアが開いた。
「うぉっ…と!」
帰り支度を済ませた先生の姿がそこにあった。
「坂本、どうしたんだ。下校時間とっくに過ぎてるだろ」
私はびっくりしてしまって、その場に立ち尽くしたままだった。
「…どした?」
顔を覗き込まれて、はっと我に帰った。
目の前に先生の大きな目がある。
「あ、あの…」
そして、
「こ、これ…た、たん、誕生日のプレゼントです…!」
と、ドモリながら持っていた長細い箱を先生の胸の前に突きつけていた。
「……」
先生の目は、その箱に釘付けになっていた。
あ…やっぱり迷惑だったのかな…。
恥ずかしさと後悔で、顔が真っ赤になり、涙が出て来そうになった。
「ご、ごめんなさ…」
そう言って、箱を引っ込めようとしたら、先生は、
「…ありがとう。凄くうれしいよ」
そういって、箱ごと私を抱きしめてくれた。
「本当は、こんなこと生徒にしちゃいけないんだけどな」
そう言いながら。
もう日も暮れかかっているからと、先生は私を車でアパートまで送ってくれた。
「あ、あの…お母さん、まだ帰ってきてないと思うから…コーヒーでも、飲んでいかれますか?」
私の家は母子家庭だ。
父は私が小学生の頃に病気で死んでしまった。
お母さんには再婚話もあったけど、大恋愛の末結婚したお父さんのことが忘れられないんだろう。
すべて断って、私を女手ひとつで育ててきてくれていた。
「いや、いいよ。女の子一人のところに、大人の男がお邪魔すると言うのはあまり良い事じゃないからね。」
そういえば、車も助手席じゃなくて、後部座席に座らされた。
ちょっと期待していた私は、やっぱり先生と生徒じゃ無理なのかな…と、少し落ち込んだ。
先生はギアに手をかけた後、
「あ、プレゼント、どうもりあがとう。すごく嬉しかった。じゃ、また明日学校で」
と、すごく優しい微笑で言いながら、去って行った。
そして数日後、黒板消しの出来事だ。
先生、学校にいてくれればいいな。そう思いながら自転車をこいでいった。
学校につき、職員専用の駐車場に行って見ると、先生の車がそこにあった。
良かった…と、ほっとしながら英語科準備室に向かう。
途中誰かに会うかもしれないと、ちょっとドキドキしながら。
準備室に向かう階段を上り、後一歩と言うところで、躓いてしまった。
私の手から離れていくケーキの入った箱。
廊下に叩きつけられたケーキの箱。
そこらじゅうに散らばるケーキ。
本当に一瞬のことだったけど、私の目にはまるでスローモーションのように映った。
そして続いて廊下に倒れた私。
「イタッ!!」
ガラッ!!
すぐそばのドアが開いた。
「…坂本!?」
アナガアッタラハイリタイ…。
廊下の上のぐちゃぐちゃになったショートケーキが目に入り、涙があふれてきた。
床についた私の両手の間に、ぽたりと涙が一粒落ちていった。
先生がゆっくりと近づいてきて、私の腕をつかんで立ち上がらせた。
「大丈夫か?怪我してないか?」
立ち尽くしている私のそばに座り込んで、ショートケーキの残骸を拾い、箱に入れ始めた先生。
先生の手がふと止まった。
その先には
『ごめんね』
の文字が書かれたケーキの破片。
「…坂本…これ…」
「…こないだの…いたずらの…」
「おまえがやったのか?」
「…違う!違う!けど、私級長なのに…いたずら…止めなかった…」
ふぅーっ…と、先生がため息つくのが聞こえた。
そっと私の腕をつかむと、準備室に連れて行き、ソファーの上に座らせた。
部屋にあったペーパータオルとゴミ箱をつかむと出て行き、しばらくしてから戻ってきた。
おそらく廊下を掃除してきたのだろう。
そして、自分の椅子を私の座るソファーのほうに引き寄せてきた。
怒られるのかな…。私は緊張した。
「先生…ごめんなさ…」
全部言う前に先生の暖かい手が私の頭の上に置かれた。
「まったく…坂本には脅かされっぱなしだな」
そして、髪をクシャリとした。
目を上げた。
すぐそばに先生の顔があった。
そして…唇が重なった。
触れるだけの優しいキス。
「…本当は、生徒にこんなことしちゃいけないんだけどな…でも、なんか放っておけないよ、坂本のこと」
そういって先生は優しく笑った。
先生、学校に車を置いて、私を徒歩で家まで送ってくれた。
アメリカのこと、学校のこと、その他愛ないことを色々と話しながら私の自転車を押し、日が落ちかかり外灯がともりだした住宅街の中を歩いていく。
いや、ショートケーキもどきと言った方がいいか。
スポンジが何度やってもうまく行かず、お母さんに「無駄遣いしないで」怒られて。
結局ホットケーキを何枚か焼いて、それにスライスしたイチゴを挟んで、周りをホイップクリームで覆って、冷蔵庫に数時間入れて固めて…。
一番上には
『せんせい、ごめんね』
の文字。
数日前先生が引っかかってしまったいたずらに対するお詫び。
それにしても、あんな簡単ないたずらに引っかかるなんて。
昔からみんなやってるいたずら。
ドアの間に黒板けしはやむヤツ。
いつも冷静沈着な先生が、どう反応するのか見たいと言って、クラスの男子が授業の始まる前にいたずらを仕掛けた。
始業のベルが鳴って、みんな席に着く。
コツコツと、先生が歩いてくる足音が聞こえてくる。
廊下のすりガラスに先生の影が映って。
「よーし、授業始め…」
そう言いながらドアを開けたとたん、先生の頭に落っこちて行った黒板けし。
先生のさらさらの黒髪が白い粉にまみれて。
「けほっ、ゲホ…!な、なん…ゲホッ、コホ!」
ワー!!と言うクラス中の歓声。
私も一瞬手を叩いて喜ぼうとしたその時…。
私の目に入ったのは、私が先生の誕生日に上げたネクタイだった。
黒い高そうなスーツの肩から、そのネクタイにかけても白い粉がぱらぱらと零れ落ちていっていた。
先生は、私が高校に入ってからずっと憧れの人だった。
担当教科は英語。
アメリカからの帰国子女ということもあって、英語の発音もきれいだ。
なぜかクラスの級長というものになってしまった私。
職員室にクラスで集めた書類を担任の先生に提出しに行った時、寺田先生が担任の先生と誕生日の話をしているのを偶然聞いた。
『彼女と食事でも行くのかよ』
担任の先生がからかう。
『バーカ、んなのいるわけないだろ』
ドキリとした。
ただの照れ隠しなのか、本当に彼女がいないのか…でも…もしかして…アタックのチャンスかも。
先生は、他の女子生徒にも人気があったから先手を打ちたかった。
バイトで得たお金、少しなら預金がある。
とても高級なネクタイは買えないけど、それでもなるべく高そうに見えるネクタイを選んだ。
そして、先生の誕生日の放課後、学校内に他の生徒がまばらになるのを待って、先生の担当する教科の準備室に行った。
しばらくドアの前で迷っていた。
恥ずかしさもあったし、もし突っ返されたらどうしようと言う不安もあった。
深呼吸して、意を決してノックしようとしたその時、準備室のドアが開いた。
「うぉっ…と!」
帰り支度を済ませた先生の姿がそこにあった。
「坂本、どうしたんだ。下校時間とっくに過ぎてるだろ」
私はびっくりしてしまって、その場に立ち尽くしたままだった。
「…どした?」
顔を覗き込まれて、はっと我に帰った。
目の前に先生の大きな目がある。
「あ、あの…」
そして、
「こ、これ…た、たん、誕生日のプレゼントです…!」
と、ドモリながら持っていた長細い箱を先生の胸の前に突きつけていた。
「……」
先生の目は、その箱に釘付けになっていた。
あ…やっぱり迷惑だったのかな…。
恥ずかしさと後悔で、顔が真っ赤になり、涙が出て来そうになった。
「ご、ごめんなさ…」
そう言って、箱を引っ込めようとしたら、先生は、
「…ありがとう。凄くうれしいよ」
そういって、箱ごと私を抱きしめてくれた。
「本当は、こんなこと生徒にしちゃいけないんだけどな」
そう言いながら。
もう日も暮れかかっているからと、先生は私を車でアパートまで送ってくれた。
「あ、あの…お母さん、まだ帰ってきてないと思うから…コーヒーでも、飲んでいかれますか?」
私の家は母子家庭だ。
父は私が小学生の頃に病気で死んでしまった。
お母さんには再婚話もあったけど、大恋愛の末結婚したお父さんのことが忘れられないんだろう。
すべて断って、私を女手ひとつで育ててきてくれていた。
「いや、いいよ。女の子一人のところに、大人の男がお邪魔すると言うのはあまり良い事じゃないからね。」
そういえば、車も助手席じゃなくて、後部座席に座らされた。
ちょっと期待していた私は、やっぱり先生と生徒じゃ無理なのかな…と、少し落ち込んだ。
先生はギアに手をかけた後、
「あ、プレゼント、どうもりあがとう。すごく嬉しかった。じゃ、また明日学校で」
と、すごく優しい微笑で言いながら、去って行った。
そして数日後、黒板消しの出来事だ。
先生、学校にいてくれればいいな。そう思いながら自転車をこいでいった。
学校につき、職員専用の駐車場に行って見ると、先生の車がそこにあった。
良かった…と、ほっとしながら英語科準備室に向かう。
途中誰かに会うかもしれないと、ちょっとドキドキしながら。
準備室に向かう階段を上り、後一歩と言うところで、躓いてしまった。
私の手から離れていくケーキの入った箱。
廊下に叩きつけられたケーキの箱。
そこらじゅうに散らばるケーキ。
本当に一瞬のことだったけど、私の目にはまるでスローモーションのように映った。
そして続いて廊下に倒れた私。
「イタッ!!」
ガラッ!!
すぐそばのドアが開いた。
「…坂本!?」
アナガアッタラハイリタイ…。
廊下の上のぐちゃぐちゃになったショートケーキが目に入り、涙があふれてきた。
床についた私の両手の間に、ぽたりと涙が一粒落ちていった。
先生がゆっくりと近づいてきて、私の腕をつかんで立ち上がらせた。
「大丈夫か?怪我してないか?」
立ち尽くしている私のそばに座り込んで、ショートケーキの残骸を拾い、箱に入れ始めた先生。
先生の手がふと止まった。
その先には
『ごめんね』
の文字が書かれたケーキの破片。
「…坂本…これ…」
「…こないだの…いたずらの…」
「おまえがやったのか?」
「…違う!違う!けど、私級長なのに…いたずら…止めなかった…」
ふぅーっ…と、先生がため息つくのが聞こえた。
そっと私の腕をつかむと、準備室に連れて行き、ソファーの上に座らせた。
部屋にあったペーパータオルとゴミ箱をつかむと出て行き、しばらくしてから戻ってきた。
おそらく廊下を掃除してきたのだろう。
そして、自分の椅子を私の座るソファーのほうに引き寄せてきた。
怒られるのかな…。私は緊張した。
「先生…ごめんなさ…」
全部言う前に先生の暖かい手が私の頭の上に置かれた。
「まったく…坂本には脅かされっぱなしだな」
そして、髪をクシャリとした。
目を上げた。
すぐそばに先生の顔があった。
そして…唇が重なった。
触れるだけの優しいキス。
「…本当は、生徒にこんなことしちゃいけないんだけどな…でも、なんか放っておけないよ、坂本のこと」
そういって先生は優しく笑った。
先生、学校に車を置いて、私を徒歩で家まで送ってくれた。
アメリカのこと、学校のこと、その他愛ないことを色々と話しながら私の自転車を押し、日が落ちかかり外灯がともりだした住宅街の中を歩いていく。