ある日、電気街で
曇り空の下、電気街をさまよう男が一人。
観光中の男。
痩身をふらつかせながらも目を輝かせ、歩き続けられるのはきっと珍しい世界をみているからだろう。
そんな一際痩身の男が東京の電気街を歩いていると、やがて声をかけられた。
いかがですか、と商業的な宣伝を行う。どうやら時計を売っている。
男は売り子に話しかける。
「ちょうど時計があったらとおもっていたところです。この携帯電話じゃ重くてね。」
そうですか、でしたらと、売り子はすぐに後ろに展示している時計を取り、男に見せる。
それは最左列の上から二番目の時計だった。
手にとって見て男はちょっと怪訝な顔をする。
「確かに、魅力的な時計なんですけどね。」
「そこまで時計に機能は求めてないっていうか・・・もっと安いのはありませんかね?」
そうですか、と店員はまたしても同じ列の最下段から時計を取り、男に薦めみる。
「でしたら、こちらはどうでしょう。割とシンプルでしょう?」
しかし手に取った瞬間に男はつき返してしまう。
「こいつはちょっと重すぎるね、携帯電話よりはマシだけど重いのは勘弁してくれよ」
その言葉に少し口をつぐんでしまう売り子。
そこで男から話しかける。
「アナログな時計なんて格好良いと思うんですよ」
じゃあ、こちら・・・と自信なさ気に右端まで案内する。
確かにアナログ時計がかかっていた。
売り子は真ん中の辺りから時計を手にとって薦める。
「こちらはどうでしょう」
「いいんですが、ただ少し・・・」
「僕の腕にはベルトの穴が足りないかもしれない」
ほら、この通り。と袖を捲くってみせようとしたが、売り子のほうは既に別の腕時計を手に取っていた。
でしたらこれで、と半ば投げやりになって右端の下のほうにかかっていた時計をみせる。
なるほど、機能は時計だけ。
アナログで安価、その上軽い、申し分ない。そのはずだ。
なのに男はどうも微妙な顔をしている。
売り子はなんとも言いがたい諦めの表情で時計を一緒に見つめる。
しばしの時間、黙っていた二人だったが、男は薦められた時計を見てようやく気がつく。
「よし、じゃあこれにします、すみませんお手間をとらせまして。」
「とんでもない、ありがとうございます。」
男は代金を支払い終えると「次はちゃんとしたのを買いに来ますね。」と言い残してその場を後にした。
しばらく道を歩いてから立ち止まり、上着の中で揺れていた携帯電話を鞄にしまい込む。
申し訳ないことをしたかな、という後悔が頭をよぎる。
腕時計を上着に仕舞うと今度は満足げになり、通りに向かって歩き始めた。