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でんでろ3
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口は幸いのもと〈第4話 暴走トラック〉

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「そうでもないわ。いいこと思いついた」
ゆーこが自信ありげに言う。
「でも、作戦タイムが取れないわね」
「それも、任せて。『私たちは、一瞬で意思疎通できます』」
「ナイス、まーこ! って、危なすぎるよ、ゆーこ」
作戦の全貌を知ったゆーたが、ゆーこに言った。
「大丈夫。あのおじさん、絶対、根は良い人だって。……まーこ、お願い」
ゆーこは、まーこの目を見て言った。
「……分かった。じゃあ、いい? 行くよ! 『ゆーこは、あのトラックの前に、突然現れます』」
まーこが、そう言った瞬間、ゆーこの姿は掻き消え、次の瞬間、トラックの前に、出し抜けに現れた。
トラックの運転手は反射的に急ブレーキを踏んだ。
ほぼ同時に、ゆーたが、
「車は急に止まれないーっ!」
と叫んだ。
すると、車だけが、慣性の法則を完全に無視して、いきなり完全に停止した。
しかし、運転手には、慣性の法則が働いている。運転手は、思い切り前に吹っ飛ばされることになった。


(何なんだ? こいつら? どうなって、やがる?)
フロントガラスから身を乗り出すようになりながらも、運転手はシートベルトによって、車内に留まっていた。
「お生憎様だったなぁー! よく見ろよ。俺はなぁ、きちんとシートベルトを着用しているから、車外に放り出されたりはしねーんだよ! はぁー、はっはっはっはっ」
実は、運転手は、心中穏やかではなかった。その命綱たるシートベルトで、右肩をひどく痛めたようで、全く自由が利かなくなっていた。
(はっ! だからなんだ? 片手ハンドル何て、いつもやっていることだ。シフトチェンジだってできる。問題ない)
「さーって、今度こそ、死んだな、お前ら」
運転手が、そう言ったとき、ガィンッ、という鈍い音が響いた。
「おーい、おっさん。こっち、こっち」
見れば、最初に自転車を投げつけてきた少年が、石を持って、自転車にまたがっている。
「こっちに、おーいでっ」
そう言うと、石を投げつけて来た。石がトラックのボディーに当たると、ガィンッ、という鈍い音が響いた。
「き、貴様、……、ゆ、許さん」
トラックの運転手はエンジンを始動した。


 ゆーたは、自転車で疾走した。全力で。文字通り命を懸けて。
 しかし、ある地点で、ゆーたは、止まってしまった。
 迫るトラック。しかし、ゆーたは、それを、片手を上げて停めてしまった。
「ボーズ、何の真似だ?」
「平地で自転車、踏みつぶしたって、ただの弱い者いじめだ。面白くないでしょ」
ゆーたは、そこから、広がる道を指し示した。
「勝負しようよ。ここから続く、右曲りのダウンヒル。下りきるまでに僕を踏みつぶせなかったら、僕の勝ちってことで、どう?」
「そりゃあ、構わねぇが? 勝つのは俺だからな。しかし、何をかける?」
「何も? こちらには差し上げられるものがない」
「ハン。何、企んでやがる。まぁ、いい。勝つのは俺だ。負けた時のことなど決めるだけ無駄だ」
運転手はトラックに乗り込んだ。
「先に出ろ。3秒待ってから、エンジンをかけてやる」
「OK。スタート」


 下り坂の中腹近くにまーこはいた。そこは、下り坂のほぼ全体が見渡せた。ゆーたが、スタートすると、まーこは、
「ゆーたにかかる重力は1.3倍になります」
と、言った。
 ゆーたは、なめてかかっていた1.3倍の重力が思ったより大きいことに戸惑ったが、すぐに慣れた。
 運転手は、ゆーたが思ったよりも速いことに戸惑った。
 そして、左手1本でハンドルを思い切り右に切りながらだと、シフトチェンジできないことに、今頃、気付いた。
(しかし、相手は、自転車だ。ローギヤをベタ踏みすればいい。)
1番低いローギヤのまま、アクセルを全開にする。エンジンの回転数を伝えるタコメーターの針がグングン上昇する。
 その様子は、まーこにも、悲鳴のようなエンジン音の高鳴りとして伝わってきた。それが、十分高まった瞬間に、まーこは言った。
「あのトラックのエンジン内のクランクシャフトのおもりは、すべて30グラムずつ重くなります」
クランクシャフトとは、エンジンの回転を生み出しているはずみ車のようなもので、おもりが付いている。
そのバランスが、わずかとはいえ最高に負荷のかかった状態で崩れた。
1本、2本、と壊れ始めると、すべてが壊れるのは早かった。
かくして、トラックは停まった。


 翌日、下校時刻、学校の自転車置き場にて。
「じゃあ、2人乗りで帰る?」
ゆーこが、ゆーたに聞いた。
「まぁ、仕方ないかなぁ」
ゆーたが、ゆーこに答えた。
「ヒューヒュー」と友達が冷かして行く。
「あ、あのさ……」
おずおずと、まーこ。
「何?」
「え、えっと、学校から、ある程度離れてから2人乗りしないと、先生に注意されちゃうよ」
そのとき、
「2人乗りの必要はありません」
と、涼やかな声がした。
 声のした方を振り返ると、一人の少女がいた。
 ボブカットのセーラー服の美少女。そこだけが、暖かな春のようであった。
 よく見ると彼女が押している自転車は、ゆーたの自転車だった。
「俺の自転車? そんなバカな?」
そう、それは、2重の意味でありえなかった。
1つには、ゆーたの自転車は証拠品の1つとして、警察に押収されてしまったのだ。
そして、もう1つには、ゆーたの自転車は、滅茶苦茶に壊れ、修復は不可能なはずだった。
では、これは、何なのか? 同型の新品を加工したのだろうか? それにしては、思い出せる限りの特徴がすべて一致するし、使用感も同じくらいだ。
「これは何なの? そして、君は誰なの?」
「これは、ほんのお礼です。邪魔をしていただいた」
「邪魔?」
「ええ、特に、まーこさんには、1度ならずも2度までも」
そのとき、彼女のキュッと結んだ唇が微笑みを浮かべた。
それだけで、彼女の美しさが、冷たい氷の彫像のような狂気を帯びたものに豹変した。
まーことゆーたとゆーこの3人は、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり、我に返った時には、彼女の姿は、どこにもなかった。
「何だったんだ、一体?」
あぶら汗をぬぐいながら、ゆーたが言った。
「宣戦布告……かもね」
ゆーこの指差した先には、ゆーたの自転車にくくり付けられた緑色のものがあった。それは、緑のフェルトで作られた長さ5センチほどのモコモコと丸いフチの葉っぱのタグだった。ひらがなで、「ことは」という文字の形に切り抜かれていた。