男運の悪い天使
幼馴染も20年続けば、それはみごとな腐れ縁だ。
「芋、ロック」
幼稚園に通う頃、天使かと思うほどかわいらしい女の子が同じマンションに越してきた。
母親が天使の母親と偶然にも高校時代の同級生だったために、流れで天使は俺の幼馴染になった。
さらに漫画のように天使は、小学校、中学校、高校、大学まで揃いも揃って俺と同じ。
白い肌、はっきりとした目鼻立ち、長い睫毛、赤みを帯びた頬、小柄なわりに出るとこは出るという天使はいつだってコミュニティーのアイドルだった。
勉強もそこそこ、運動もそこそこ、可愛い笑顔で同性からも好かれる彼女は人気者。
ただ、1つだけ彼女の欠点をあげると、すこぶる男運が悪い!酒癖も少し。
「お前ね、芋って」
25歳の彼女は、やっぱり綺麗だけど、騙されることなかれ。中身はおっさんだった。
酒はザルで、もう焼酎をロックで7杯乾した。
俺は無理。そのペースだと3杯で寝落ち確定。無難にビールで付き合ってます。
「飲まないでやってられないっつーの」
アルコールのせいか、口が悪い。だけど、うるんだ目と赤く色づいた頬は可憐な天使。
俺でなければ、とっくにまいっているはずだ。
「ほんとうに男運悪いね、お前」
俺がぼやくと、天使は一瞬だけ泣きそうな顔をした。
だけど、すぐに口を固く結び俺を睨みつける。
「だって、最初はちゃんとした人だって思ったんだもん」
さわやかな面した二股野郎
デートをドタキャンしてまでパチスロに通うロクデナシ。
友人に天使を合わすことで、小金を稼いでいたバカ
他の男の目を気にして、大学を辞めさせようとした独占欲野郎
天使が自分の母親に似ているという理由で告白してきた、マザコン
よくもここまでダメな男ばかりと付き合ってきたものだと驚く。
そして今回は、妻子持ち。
転勤でやってきた、仕事のできる3つ上の男と1年付き合っていたわけだが、おととい妻子持ちだということが判明したらしい。
「私の前でわざわざ指輪をはずしてたのよ!おかしいと思った。時々全然連絡が取れないときがあったの。たぶん家族と一緒にいたんだわ。もう別れる!絶対別れる!許さない。土下座させて、あたま踏みつけて、唾吐いて別れてやる」
ビールを飲みながら、静かに聞いていたがこれはいけない。
リーズナブルな居酒屋はただでさえ他の席との距離が近い。
あんまり大声でわめくから、視線を集めた。ただでさえ視線を集めやすい女性なのに。
「わかった。わかった。おい、店かえよう」
こりゃダメだ。こうなって天使は素直に帰宅しないので、半ば強引に連れ出す。
何がいっぱいつまっているのやら、ずいぶん重い天使のバッグをもち、天使を引きずるようにして、入り口までつれていく。
なんとかかんとか会計を済まして、外に出ると夏のむっとした熱気が体を包む。
「ねーおんぶしてー」
いつのまにかしゃがみこんで天使が、上目遣いでねだる。
幼なじみで腐れ縁だけど、いつもはこんな風に甘えてくることなどない、俺の前でそんな風に酒に酔ったりはしない。俺なんかよりずっとずっと飲めるのだ。
ただ、恋愛につまづいて傷ついたときだけ、腐れ縁の俺のところにふらっときて飲みにいく。
「ちっ」
思わず舌打ちをする。俺がどんな思いでいるか、わからないんだろうな。
「はやくしてー」
甘えたようににっこり笑う。自分がかわいいって知っているな、こいつ。
しぶしぶ、小さな天使をおぶる。天使の鞄はやっぱりずっしり重い。
「もう帰ろうぜ。俺明日も仕事なんだよ」
すると、天使は子供みたいに足をぶらぶらさせる。
「わたしもー」
おいおいこんなんで明日大丈夫なのか。俺はあきれたような、でも愛しいような笑みがこぼれる。
「明日いきたくないなーあいついるもんなー」
また足をぶらぶらさせる。
「おい、危ないって」
すると、天使は俺の背中にぐっと顔を埋める
「やだなぁ」
泣きそうな震えた声でつぶやく。俺にしか届かない声だ。
やめろやめろ。良いにおいがする。不意打ちだと心臓がどきっとする。
それとほぼ同時に、重いバックから機械的な振動がくる。どうやら天使の携帯らしい。
俺の体を伝わって、天使にも伝わっているはずだが天使は何も言わない。
「おい、お前の携帯だろ?」
「いい。きっとあいつだもん」
天使はすねたような、泣き出しそうな幼い口調でそういった。
電話はしつこく何度も俺達をふるわせた。
何度も、何度も、俺はだんだん腹が立ってきたが、俺が腹を立てる義理などないとわかるくらいには大人になっていた。
「ねぇ、おろして」
天使はぐっと大人びた声でそういうと、俺から鞄を受け取りそっと震える携帯を取り出した。
ああ、出るのか。
歯がゆい気持ちが沸き起こってくる。
「もしもし?」
天使の澄んだ声。
いつもなら天使が誰かと電話するなら少し距離をおくようにしている。だけど、俺もアルコールが入っているのか、天使をだた見つめてしまっていた。
アルコールでほんのり頬が赤い。
ふと、天使が携帯を耳にあてて会話をしながら、俺の顔を見上げた。
そして
「お前は妻でも抱いてろー」
そういって携帯をきった。
俺は目を見開いた。いつもの天使ならなんども謝る相手に2,3度なら目をつぶってしまうのだ。
なのに、突然。どうした?
なぜだか天使も自分が信じられないように、目を見開いた。
それから、甘えるように俺の顔を覗き込んで、ふてくされた顔をした。
俺は思わず笑ってから、抱きしめた。
「お前、いい女だよ。今までが散々だった分、これから幸せになるんだよ」
そんな根拠のない慰めをしてから、少しだけキスをした。
天使は、もっともっとふて腐れて自分の鞄から小さな包みを出してきた、ぶっきらぼうに私に突き出した。
それは照れくさいという彼女の癖だった。
「なに?」
「誕生日・・でしょ!」
俺はこのあと、天使に20年来の片思いを告白しようと思うんだ。