ペットボトルに優しさ
「ありがとう」とか「ごめんね」を言わなくちゃって思うんだけど。
言葉はすぐに出てこなく「もういいや」っていつも諦めてしまう。
だんだん周りの子達と距離が出来て、自分からも声をかけれなくなって、気づくと友達がいなくなった。
そんな自分が大キライ
「ねぇ」
冷房が、がんがんかかっている誰も居なくなった大学の図書室で、急に肩をゆさぶられてはっと目を覚ました。
「あっ起きた。」
寝ぼけた目が捉えたのは、黒のフレーム眼鏡をかけた長身の男の人。
名前は知らないけれど、よく見かける顔だった。
「あー」
とっさのことで、何て言っていいか分からなくてあたふたしてしまう。
私の心情なんて当然わからなくて、その人は爽やかに微笑んでいる。
「そろそろ閉めるよ?」
はっとして時計をみるともう20時。
それに閉館!?
2時間くらい寝てしまったらしい。
きのう徹夜でDVDを見てしまったのがいけなかったみたいで、つい調べ物の途中でうとうとしてしまった。
「はー」
深いため息を吐いて、参考資料が載っている本をレポート用紙の隅にメモした。
借りていくには重い。明日また来よう。
本を直そうと立ち上がった。
「俺直すからいいよ。一応ここの司書だしね。」
また爽やかに笑ってみせる。この笑顔はありがたい気持ちにさせると同時に私には憎らしくもある。
どうしてそんなにニコニコしてるの。
私は、人と対面で話すと緊張する。相手によく思われたくてガチガチになってしまう。
「いいです、」
男の顔を見ずにずしっと重い本を抱えると本棚の群へ小走り入った。
解っている。自分のことなのだから。
こういう所が人間関係をだめにしてきていることを。
断るにしても、もっと言い方ってものがあるだろう。
「はぁ」
もう癖になった後悔のため息を吐き出した。
ため息を吐くともっと後悔するのだけれどやめられない。
「ため息つくぐらいなら、最初から『じゃぁおねがい』って言っときゃかわいいのにー」
小さいけれど誰も居ないだけあってそのつぶやきは聞き逃すことなく私の耳に届いた。
「ちょっと・・。」
普段人と関らない私には、周りを確認する癖がなかったのだ。
恥かしい、怖い。自分の何も着せてない心を攻撃されると私は簡単に傷を作ってしまう。
男はメガネ越しに目を優しく細めた。
「コレは俺が片づけるから、もう帰りな」
そう微笑むだけで、彼は私の両手をふさいでいた本を軽々片手で奪い去ってしまった。
「い、いいって。」
後悔したばかりだというのに、まだそういう私に彼はさっと片手で持っていた250mlペットボトルのお茶を差し出した。
「コレでも飲んで帰りな。ここで寝ると喉がかわくだろ?」
爽やかスマイル。
喉の渇きを一瞬忘れ去れる。あと、時間さえも。
「俺もねーたまにちょっと寝ちゃうんだよね」
照れたように、はははと笑う。
あっけにとられているうちに、彼がほらほらと私の背中を出口の方へおしやった。
「おれ口付けてないからね」
その一言がよく分からないまま、送り出されてしまった。
悪いなと思いながら、結局帰ることにする。
昼間にはない、少しひんやりとした空気が私をつつむ。
夏休みがあけた。まだ暑いと思ってたのに、少しずつ季節はかわり始めていた。
涼しい風が吹く。空が綺麗だ。街灯が闇の中でキラリと輝く。
私はこんな夜がすきだった。
彼にもらったお茶。
立ち止まって、ふんぬっと力を入れた。だけど思っていたよりも簡単に蓋があいた。
「あれ・・・」
女の子にはあけにくいと思って先にひねってくれていたのだろう。
そのペットボトルは、開けにくい不親切と同じ授業の子達が騒いでいた新商品だと思い出した。
口をつけてないことを報告したのはこのためか。
CM通りさっぱりとした口当たりの緑茶。私の好みだ。あの人もこれがおいしいと思ったんだろうか。
【おつかれ】
ペットボトルの蓋に油性ペンで小さくかかれた四文字。
自分のことはよく解っている、人付き合いは苦手、おしゃれとか世間話、相談事もだめだ。
でも、こういう優しさに弱いことは知らなかった。
もう一口飲む。
喉の渇きがいえていく。
それと一緒に言葉が飛びたしたいと騒いだ。
だから優しい言葉の書いた蓋を閉めると、まだ彼の残っている図書室へ引き返すことにした。
たった一言でいい。
―ありがとうーと言うために。
そこから始めよう。
作品名:ペットボトルに優しさ 作家名:曽我部ことのは