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ツカノアラシ@万恒河沙
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しょうじょじごく

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 その日から、私は私が殺した筈の少女を求めて、町を彷徨するようになった。あの手の中の感触、花のように首が倒れる様子、そして私の首筋噛みつく感触がどうしても忘れる事ができなかったのである。夢の中では、あの少女はうっとりするような笑みを唇の上に浮かべて、私の事を手招きしていると言うのに。そんな時、私の様子がおかしいと気づいた知人がもしかして私の助けになるかも知れないと奇妙な探偵を教えくれる。知人が教えてくれた怪奇な事ばかり興味を抱く探偵は私が少女と出会った箱庭のような町と同じ町に住んでいた。知人が書いてくれた紹介状を手に私は奇妙な探偵がいると言う清廉潔白探偵事務所に足を向ける。事務所は瀟洒なビルアパートの五階にあった。お仕着せを着た美しいが人形のように無表情な女中に案内されて探偵がいると言う書斎に行く。書斎は四階から吹き抜けになった部屋だった。三方を書棚に囲まれた壁。書棚には何故か私が今まで見た事のない字で題名が書かれている本が並んでいた。その書棚の間を縫うように設えられた階段を降りると知人曰く奇妙な探偵が私の事を待っていた。男物の黒い着物に羽織を羽織った探偵の顔を見て私は驚いたような声を漏らす。
 何故なら、探偵の顔は先日『葬儀屋のバー』で出会った符麗卿と名乗った少女とうり二つだったのである。呆然としている私をよそに探偵は私の事を知らないとばかりににこりとした。探偵だけではない私の前に紅茶とお菓子を出してくれた使用人らしい人のよさそうな笑みを始終浮かべている男は喬生と名乗った優男とそっくりだったのである。
 黒檀のように黒い髪と雪のように白い肌、そして血のように赤い唇を持つ美少年にも美少女にも見える探偵は、私の奇怪な話を聞くと優美に片眉を顰めさせると口元を手で持つ半開きの扇子で隠して声を立てて笑う。まるで、面白い冗談でも耳にしたかのように。全く失礼な話である。ひとしきり探偵は笑った後、失礼と言って顔を引き締める。そう言いつつも探偵の頬は軽く歪み、私が良いと言えば笑い始めただろう。そして、探偵は声を潜めて内緒話をするかのように話し出す。
 先日、実は探偵は人形のように綺麗な少女の相談を受けた事。そして、 少女は先日出会った男性が忘れられないと訴えた事。その男性の血が素晴らしく美味であった事。できれば、もう一度会いたいと言っていた事を探偵は愉しそうな口調で言ったのだった。
 私がその話に驚いていると、探偵は書斎の奥に行く。そして、探偵は書棚の奥から一人の少女の手を捧げ持って戻って来たのである。まるで壊れ物のように。喪服のような黒いドレスに黒いベールを被った少女。探偵と少女は私の前に来ると立ち止まる。探偵の唇に浮かぶ意味深な笑み。少女の近くに優男が寄ると背後から黒いベールを引き上げる。ベールの下から現れたのは私が夢にまであの少女。私が首を締めて殺した筈の少女だった。
 ご紹介しましょう、こちら血吸い姫ですと言う愉しげな探偵の声。若い男性の血が好物なのですよと言う探偵の声が遠い世界から聞こえるように耳に入る。少女は私を見ると物欲しげに瞳をキラキラとさせた。何故、彼女は私だけに興味を示すのだろう。問いかけるような目で私が探偵を見ると、探偵は厳かに頷くと残念ながら、僕とあれは対象外なのですよと言って、扇子の先で優男を指し示したのだった。
 探偵の手を離すと少女はゆっくりとした動作で両手を伸ばして私に近づく。逃げなくてはと私の本能は言っているのに、少女の微笑みに魅了されたように動けない。少女は私の頬を指でなぞった後、おもむろに薔薇が綻んだのような唇を私の首筋に押しつける。首の皮膚に何かが侵入してくる感触に私は首を仰け反らす。徐々に意識が遠のき始めた私の耳に、
「彼女は死んでいるようなものだから幾度貴方に殺されようが構わないし、貴方の血は彼女にとってご馳走だしで、とても良い関係を築けるかと思いますよ。ああ、なんて麗しきギブアンドテイクでしょう。感動ものですね」
 と、言う酷く愉しげな探偵の声が聞こえてきたのだった。