オリオンの肩
梶谷は観測室に電話をかけ、通信をIVRに切り替えると、自分も観測室に向かった。どうせ今日はこれ以上の重大事は起こるまいし、本当に緊急のときには携帯のAPが鳴る仕組みになっている。観測室の中ではすでに何人かが集まって、慌ただしく準備に追われていた。梶谷は、画面上に赤く輝く光に見入った。これから数時間後には、その星は太陽を除いて全天球で最も明るく輝く天体となるだろう。その星は今まさに死を迎えようとしていた。といっても、地球からその星まで640光年離れているから、実際には640年も前に死を迎えていたことになる。
幸運なことに、太陽はつい数日前に西の空に沈んだばかりであり、ここ月面第2天文台Luna-Jではあと10日ほど夜が続く。観測を続けるには好都合の状況だ。月面では、夜の空はまさしく漆黒の闇である。強烈な太陽の光が輝く昼間でさえ(それを昼と呼ぶのがふさわしければだが)、星々の輪郭まではっきりと見ることができる。その闇の中でひときわ異様な輝きを放つその星は、巨人オリオンの右肩に位置し、赤く明るい光を放っていた。
ギリシャ神話では、オリオンは恋人のアルテミスに誤って射殺されたとも、大地の女神ガイアの放ったサソリに刺されて死んだとも云われている。オリオンはその死後、星座となって天空に永遠の命を得た。梶谷はその赤く光る右肩を見つめながら、まるで弓矢かサソリの毒針によってつけられた傷痕のようだな、と思った。その傷痕が、永遠の命を得たオリオンを再び蝕みはじめたのだ。
オリオン座α星、全天21の1等星の一つであるベテルギウスは、太陽の20倍の質量を持つ赤色超巨星で、もうその生涯の99.9パーセントを終えていた。自ら輝きを放つ恒星の死後の姿には、3つの可能性がある。一つは、我らが太陽が辿る最期で、核燃料を使い果たしたあとは徐々に冷えてゆき、白色矮星となる。だが太陽より重く、チャンドラセカール限界を超える星は白色矮星にはなりえず、崩壊して中性子星となる。その限界質量は太陽の1.4倍である。ではそれよりはるかに重いベテルギウスは、超新星爆発を起こして中性子星になるのか?
まだ第3の選択肢が残されている。中性子星にも限界質量があり、その限界を超えると星の内部圧力は重力を支えきれずに、どこまでも潰れてゆく。これがいわゆるブラックホールで、量子の縮退圧力と重力の対決は、最期には重力に軍配が上がるのだ。
超新星爆発により、ベテルギウスはその外層を吹き飛ばされ、中心部のエネルギーの高い光が放出されて青白く輝き出す。その輝きはおよそ3ヶ月ほど続くと予測されている。その後中心部に残る核が中性子星になるのか、それとも潰れてブラックホールとなるのか、長年の論争にようやく決着がつけられる。もしブラックホールが形成されれば、こんな近距離で(宇宙的規模で見れば)その形成過程を観測できるチャンスはまたとないだろう。
まるで巨人の最期の雄叫びだな、と梶谷は思った。梶谷はこの日が来ることを科学者の一人として心待ちにしていたが、しかしまた一人の人間として微かな寂しさを覚えてもいた。梶谷は生まれた時からこの月の重力の中で生きてきた。周知のごとく、月の重力は地球の6分の1しかない。この環境で生まれ育った者には、地球の重力は耐えられない。梶谷もむろん、地球を訪れたことはない。梶谷だけではない。今ではこの月面に暮らすほとんどの人が、地球を故郷に持たない世代となった。
梶谷は幼い頃、初めて漆黒の闇に青く光る地球を見たとき、思いがけず涙を流した。その理由は梶谷にもわからなかった。哀愁か感傷なのか、少なくとも幼い子供の心には複雑すぎる感情だった。月に生まれる者は、弱さと共に生きていかなくてはならない。梶谷は天空に浮かぶギリシャ神話の英雄たちに心を奪われた。神はいかにしてこのように美しい世界を創造したのだろう?この月に生まれて科学者を志さない者は稀だった。
今その英雄の一人が死を迎えようとしている。古代の人々は、天上の星々の世界が永久不滅だと信じていた。ガリレオがその神話を打ち砕いた。もうまもなく超新星爆発の光が月に届く。梶谷はガリレオ、ニュートン、アインシュタインと続く天才たちの系譜に想いを馳せながら、人類の未来へと思考をめぐらせた。いつの日か、人類が超新星爆発のようなエネルギーを利用して、宇宙に繁栄を築く時代が来るだろうか?神はそのような人間の傲慢を許さないかもしれない。だが、梶谷は楽観的だった。きっとそのような時代に、我々の子孫は繁栄を遂げているだろう。そして我々は今日、宇宙の永遠に触れたのだ。