タンポポ
普通は一カ月で一生を終えるはずなのにそのタンポポは二カ月経っても三カ月経っても、みずみずしくて鮮やかな黄色い花びらを付けたままだった。
それに気づいた人たちは奇跡の花だとか、神秘的だとか、新種なのではとか囃し立て、多くの見物人がそのタンポポのもとを訪れ、テレビの取材やら研究者だとかも来て大騒ぎになった。いつからか、タンポポには空気穴のあるプラスチックのケースがかぶせられ、警備員が二十四時間見張るようになった。
でも、当の本人であるタンポポはとても悲しかった。
“自分もみんなと同じように綿毛になって、風に吹かれてその種を遠くまで運んで未来へ子孫を残したい、どうして自分は花びらのままなのだろう……それにこんなケースをかぶせられてとても息苦しい”
朝から冷たい雨が降り続いていたある日のこと、雨にもかかわらずタンポポの周りにはいつものようにたくさんの見物人が押し掛けていた。そんな人ごみの中、レインコートを着た五歳ぐらいの女の子が大人たちの足元をすり抜けてタンポポのもとに近づいて行った。
「ごめんなさい。私のせいで、あなたはこんなに苦しい思いをしていたのね。今すぐにみんなと同じにしてあげるからね」
女の子はそう言うと、タンポポにかぶさっていたプラスチックのケースをはずし、ふっと息を吹きかけた。あまりに突然のことで、警備員はそれを止めることができなかった。
すると、いままで綺麗に咲いていたタンポポの花びらは見る見るうちに綿毛に変わり、風に吹かれて一斉に飛び立っていった。降りしきる雨などに負けず、その綿毛は力強く遠くへ向かってそれぞれの方向に進んでいく。
女の子はいつの間にかその場からいなくなっていた。そして、周りに集まっていた見物人は皆、何が起こったかわからずしばらく呆然としていたが、徐々にその場を離れて行き、タンポポのそばにいるのは警備員一人だけになった。
綿毛を旅立たせたタンポポは一瞬空を見上げ、その後、役目を終えた満足気な笑みを浮かべて静かに頭を垂れた。