葉
*
冷たい水のような闇をかき分けて
叫びだす一歩手前の植物たちを
いつまでも一歩手前でとどめるために
踏みしめて歩く
冷たい水のような闇の水圧は高く
わずかに届く水溜りの薄明かりさえも
何も映さないために表面を枯れさせる
この闇がすべてへとつながる結節点で
夢は氷のように凝集している
*
家の裏手の狭い道路を走っていると
太陽は右上に容赦なく照っていた
国道へ向かう果樹園の間の道でも
太陽は追いかけてきた
追いかける太陽をさらに追いかける者へと
花束の痕跡をくれてやり
二度と追いかけるなと自分の体で太陽を遮る
光の始原は隠れていろ
私は背中で逆に太陽を追い続ける
*
幾年の風雨が溶け込んだ民家の壁にも
人を手なずけてしまった自動車の窓にも
太陽は砂のように流れ落ちる
吊し上げられた太陽は
構成されることも処刑されることもなく
ただその夥しい光で無数の分子たちに呼びかけている
分子はさらに原子に呼びかけ
原子は太陽に呼びかけ
円環が円環のままに
*
シュレッダーにかけられた美しい哲学も
空港で踏みつけられた時計の神経も
郵便に紛れ込んだ一粒の生命体も
残らずお湯の湖に浸していく
足から尻、腹から肩へと
気圧と水圧の嶺の接する所へと
宴は際限なく皮膚に飲まれていき
夜は切れ切れに口から指し示され
ふと、誰かが沈黙するのが聞える
*
朝の闇が凍った意識のようだ
くしゃみをする
季節の変わり目の寒さに対応しきれずにだと
だが朝の物音が血液を模倣しているようだ
それに朝の家具ははっきりと目覚めすぎていて
朝の月は空から飛び出しそうだ
そんな朝にくしゃみをする
そんな朝をくしゃみする
私も凍るためには必要な手続き
*
冬は日記帳の中に書き込まれた一筋の金属
あなたの髪が放つ表情から消し去られた温度を厳しくゆるします
冬は改札口に突き刺さった一羽の小鳥
あなたの指先がこれから描こうとする愛に正しく謝ります
冬は未踏の森の奥に開かれた匂いたちの店
あなたの目が話している素朴な矛盾に小さく頷きます
*
まず幸福をゆるし
次は殺人をゆるした
そして笑顔をゆるし
さらには権力をゆるした
それはすべて、すべてを緩すため
幸福の発熱に理性を与えくつろがせ
殺人の甚大な余波に文脈を与えくつろがせ
笑顔の与えすぎな余剰を削ってくつろがせ
権力の硬直した監視から身を隠しくつろがせた
*
花が咲き乱れていた
僕の体の中に
僕は内側から花の美しさに冒されていった
例えば晴れた正午の切っ先に
花が蠢く、光をまき散らす
花はとても美しいので僕はとても苦しかった
やがて花は醜く枯れていき
僕はようやく花の苦しみから放たれる
そして花は実となり苦しみはもう殻の外に放たれない
*
僕は君と出会って世界が全てわかった気持ちになった
君は無限の海で移ろいゆき汲みつくせない存在だった
だがそれはつまりは「僕」の殻が「僕と君」の殻に変態しただけ
僕と君、二人の対のエゴイズム
僕はその先へ行くために君をまた一人の別の人間として
殻の外側に降り注ぐ雨として捉えなければ
*
太陽が俺をさえぎり続けた
光と形と熱すべてが俺をさえぎった
なぜおれは復讐してはならないのか
俺を陥れた人々社会
すべてに死を与えることは月も許さない
そこで俺は復讐を諦め太陽の内側に入った
太陽の使者として人々に光を与えた
そしてある時気づく
この権力こそが実は復讐だったのだと
*
僕は詩を読みます
まだ聴いたことのない音を聴き、まだ見たことのない光を見るために詩を読みます
時には波に乗るようにして、時には地面を掘るようにして詩を読みます
何物でもなく、何物でもあるような未明の形体と融合するために詩を読みます
ある時は机上である時は駅の喧騒の中で詩を読みます
*
雨滴がどこまでも落ちていき疲れ果てて地上へと身を横たえる
地上の水たまりに映った金木犀は憂鬱を酸素に光合成して曇った空へと進出する
病が椿の木の毛根をめぐり相手を死なすか自分が死ぬか禅問答を続けている
そして雨は霧のようにわずかな音を立てて大気を満腹にし
消化液として風景を溶かす
*
たった一つの沈殿した「さようなら」を
たくさんの華々しい「ありがとう」で包んで
そうして僕らはいつも無口な天秤のように
血の重さと肉の重さを釣り合わせている
喪失はいつも形のわからないもので
「ありがとう」でどう包んでよいのかわからなくて
本当は天秤も振り切れているのかもしれない
*
いつも細胞の中で飛び跳ねている歌たちが
遠くからかすかにほのかに聞こえてきた朝
僕は夏の体を食べつくして秋の体を着込む
夏と秋を決めるのは僕ではなく
例えば一匹の羽のちぎれた蛾である
死んでいく者たちが存在を遺していくということ
季節はいつもそのようにして今日も僕の歌を書き換える
*
言葉というものは積木細工です
単語が一つ一つの積み木で
名づけは僕らの知らないうちに傲慢に冷淡になされています
僕は積木の組み合わせに飽きて
自分で積み木を作ろうと
こんな夕方を「ひろり」と名付けてみました
ひろりは無垢で文脈や同意によって鍛えられてなくて
でも壊すには可愛すぎて
*
廃屋の屋根をひょいと跳び越えて
バイクの通り過ぎる慌ただしい音が
僕の鼓膜をひょいと跳び越してきた
それは音楽の一つの素子
みるみるうちに増殖し
僕の目の前に交響曲の幻想を描き去っていった
さらにひょいと来るのは永遠に続く虫の声
幾つもの音階に分かれて
協奏曲の綱を絞り出した
*
労働者よ、君の呼吸からは
いくつの宇宙の成り損ないが
筋肉と汗と書類の星座を作り損なったのだろう
労働者よ、君は疎外されていないしかといって自由でもない
労働することは人間を生み出すこと
身体を生み出すこと
精神を生み出すこと
それらは尊くも卑しくもなく
関係を捕食すること
*
氷の朝の背後に隠された宝石を
君のヴァイオリンと共に叩き壊せ
その背後では水鳥の内臓が人間の憂鬱を検査している
そんな昼間には大きくなり過ぎた銃口が
君を飲み込もうとするから
すべてを画像の中に宣伝し
労働が労働を無数に呼び込むときに
君は一人の商人であり銃と剣を売っている
*
物語と歴史のはざまにいくつもの声が重ねられた
歴史は時間と物質でできた朝陽の海だ
黒くて強くていつも広々と開拓している
物語は幻想と連続でできた山中の川だ
町と町、人と人との隙間をいつでも狙っている
美しい物語が醜い歴史と結婚するのは
醜い物語が美しい歴史と結婚するのと同じことだ
*
僕は詩を書きます
友人と語り合った帰りの車窓からいつまでも眺めていた夕陽を見た後に詩を書きます
他人から書けと言われてそれがいつの間にか血肉にまで滲み入ったとき詩を書きます
人を愛しているとき恥ずかしいから気持ちを分析分解して詩を書きます
挫折の度に苦しく激情に襲われ詩を書きます
*
この身の一大事とばかりの一行目
やはり書き始めるんじゃなかったと後悔する二行目
それでも連結と展開に才を見せびらかそうとする三行目
やっぱり「才走った私」なんてどこにもいなかったと失望する四行目
冷たい水のような闇をかき分けて
叫びだす一歩手前の植物たちを
いつまでも一歩手前でとどめるために
踏みしめて歩く
冷たい水のような闇の水圧は高く
わずかに届く水溜りの薄明かりさえも
何も映さないために表面を枯れさせる
この闇がすべてへとつながる結節点で
夢は氷のように凝集している
*
家の裏手の狭い道路を走っていると
太陽は右上に容赦なく照っていた
国道へ向かう果樹園の間の道でも
太陽は追いかけてきた
追いかける太陽をさらに追いかける者へと
花束の痕跡をくれてやり
二度と追いかけるなと自分の体で太陽を遮る
光の始原は隠れていろ
私は背中で逆に太陽を追い続ける
*
幾年の風雨が溶け込んだ民家の壁にも
人を手なずけてしまった自動車の窓にも
太陽は砂のように流れ落ちる
吊し上げられた太陽は
構成されることも処刑されることもなく
ただその夥しい光で無数の分子たちに呼びかけている
分子はさらに原子に呼びかけ
原子は太陽に呼びかけ
円環が円環のままに
*
シュレッダーにかけられた美しい哲学も
空港で踏みつけられた時計の神経も
郵便に紛れ込んだ一粒の生命体も
残らずお湯の湖に浸していく
足から尻、腹から肩へと
気圧と水圧の嶺の接する所へと
宴は際限なく皮膚に飲まれていき
夜は切れ切れに口から指し示され
ふと、誰かが沈黙するのが聞える
*
朝の闇が凍った意識のようだ
くしゃみをする
季節の変わり目の寒さに対応しきれずにだと
だが朝の物音が血液を模倣しているようだ
それに朝の家具ははっきりと目覚めすぎていて
朝の月は空から飛び出しそうだ
そんな朝にくしゃみをする
そんな朝をくしゃみする
私も凍るためには必要な手続き
*
冬は日記帳の中に書き込まれた一筋の金属
あなたの髪が放つ表情から消し去られた温度を厳しくゆるします
冬は改札口に突き刺さった一羽の小鳥
あなたの指先がこれから描こうとする愛に正しく謝ります
冬は未踏の森の奥に開かれた匂いたちの店
あなたの目が話している素朴な矛盾に小さく頷きます
*
まず幸福をゆるし
次は殺人をゆるした
そして笑顔をゆるし
さらには権力をゆるした
それはすべて、すべてを緩すため
幸福の発熱に理性を与えくつろがせ
殺人の甚大な余波に文脈を与えくつろがせ
笑顔の与えすぎな余剰を削ってくつろがせ
権力の硬直した監視から身を隠しくつろがせた
*
花が咲き乱れていた
僕の体の中に
僕は内側から花の美しさに冒されていった
例えば晴れた正午の切っ先に
花が蠢く、光をまき散らす
花はとても美しいので僕はとても苦しかった
やがて花は醜く枯れていき
僕はようやく花の苦しみから放たれる
そして花は実となり苦しみはもう殻の外に放たれない
*
僕は君と出会って世界が全てわかった気持ちになった
君は無限の海で移ろいゆき汲みつくせない存在だった
だがそれはつまりは「僕」の殻が「僕と君」の殻に変態しただけ
僕と君、二人の対のエゴイズム
僕はその先へ行くために君をまた一人の別の人間として
殻の外側に降り注ぐ雨として捉えなければ
*
太陽が俺をさえぎり続けた
光と形と熱すべてが俺をさえぎった
なぜおれは復讐してはならないのか
俺を陥れた人々社会
すべてに死を与えることは月も許さない
そこで俺は復讐を諦め太陽の内側に入った
太陽の使者として人々に光を与えた
そしてある時気づく
この権力こそが実は復讐だったのだと
*
僕は詩を読みます
まだ聴いたことのない音を聴き、まだ見たことのない光を見るために詩を読みます
時には波に乗るようにして、時には地面を掘るようにして詩を読みます
何物でもなく、何物でもあるような未明の形体と融合するために詩を読みます
ある時は机上である時は駅の喧騒の中で詩を読みます
*
雨滴がどこまでも落ちていき疲れ果てて地上へと身を横たえる
地上の水たまりに映った金木犀は憂鬱を酸素に光合成して曇った空へと進出する
病が椿の木の毛根をめぐり相手を死なすか自分が死ぬか禅問答を続けている
そして雨は霧のようにわずかな音を立てて大気を満腹にし
消化液として風景を溶かす
*
たった一つの沈殿した「さようなら」を
たくさんの華々しい「ありがとう」で包んで
そうして僕らはいつも無口な天秤のように
血の重さと肉の重さを釣り合わせている
喪失はいつも形のわからないもので
「ありがとう」でどう包んでよいのかわからなくて
本当は天秤も振り切れているのかもしれない
*
いつも細胞の中で飛び跳ねている歌たちが
遠くからかすかにほのかに聞こえてきた朝
僕は夏の体を食べつくして秋の体を着込む
夏と秋を決めるのは僕ではなく
例えば一匹の羽のちぎれた蛾である
死んでいく者たちが存在を遺していくということ
季節はいつもそのようにして今日も僕の歌を書き換える
*
言葉というものは積木細工です
単語が一つ一つの積み木で
名づけは僕らの知らないうちに傲慢に冷淡になされています
僕は積木の組み合わせに飽きて
自分で積み木を作ろうと
こんな夕方を「ひろり」と名付けてみました
ひろりは無垢で文脈や同意によって鍛えられてなくて
でも壊すには可愛すぎて
*
廃屋の屋根をひょいと跳び越えて
バイクの通り過ぎる慌ただしい音が
僕の鼓膜をひょいと跳び越してきた
それは音楽の一つの素子
みるみるうちに増殖し
僕の目の前に交響曲の幻想を描き去っていった
さらにひょいと来るのは永遠に続く虫の声
幾つもの音階に分かれて
協奏曲の綱を絞り出した
*
労働者よ、君の呼吸からは
いくつの宇宙の成り損ないが
筋肉と汗と書類の星座を作り損なったのだろう
労働者よ、君は疎外されていないしかといって自由でもない
労働することは人間を生み出すこと
身体を生み出すこと
精神を生み出すこと
それらは尊くも卑しくもなく
関係を捕食すること
*
氷の朝の背後に隠された宝石を
君のヴァイオリンと共に叩き壊せ
その背後では水鳥の内臓が人間の憂鬱を検査している
そんな昼間には大きくなり過ぎた銃口が
君を飲み込もうとするから
すべてを画像の中に宣伝し
労働が労働を無数に呼び込むときに
君は一人の商人であり銃と剣を売っている
*
物語と歴史のはざまにいくつもの声が重ねられた
歴史は時間と物質でできた朝陽の海だ
黒くて強くていつも広々と開拓している
物語は幻想と連続でできた山中の川だ
町と町、人と人との隙間をいつでも狙っている
美しい物語が醜い歴史と結婚するのは
醜い物語が美しい歴史と結婚するのと同じことだ
*
僕は詩を書きます
友人と語り合った帰りの車窓からいつまでも眺めていた夕陽を見た後に詩を書きます
他人から書けと言われてそれがいつの間にか血肉にまで滲み入ったとき詩を書きます
人を愛しているとき恥ずかしいから気持ちを分析分解して詩を書きます
挫折の度に苦しく激情に襲われ詩を書きます
*
この身の一大事とばかりの一行目
やはり書き始めるんじゃなかったと後悔する二行目
それでも連結と展開に才を見せびらかそうとする三行目
やっぱり「才走った私」なんてどこにもいなかったと失望する四行目