俺と彼女の事情
最近の彼女のオススメは根菜サラダ。
勿論他にもあるぞ。
根菜の煮物は当然。味噌汁の具にも入ってない日は無い。
口寂しい時は根菜チップス。
そして炒った大豆。
大豆は香ばしいよ。揚げたレンコンは結構美味いさ。
美味いがな。
手料理を食わせてもらう以上文句を言う筋合いはないが、たまには肉、飯、それ以外は不要!!的な男クセー料理も良いと思うんだ。
そういうのは彼女にとってダメらしい。
良質なタンパク質は大豆。
根菜と大豆食品は毎食欠かせないんだと。
付き合い始めた頃はこうじゃなかった。
こってりしたラーメンも好きだったし、焼肉もドンと来い!
洒落たレストランに行くこともあれば、庶民的な店で遠慮なく食う!
そんなデートだった。
それが今じゃ。
お互い仕事も忙しく、ゆっくり会えなくなったという理由はあるものの、外で会う機会はめっきり減った。
会える時はこうやって互いの家(と言っても専ら彼女の家)で会うだけ。
彼女曰く「こっちの方がのんびり出来るでしょ」
確かにそうだがな。
思い返せば忙しくなるにつれ、彼女がやれ「ロハス」だ「スローフード」だ「デトックス」だと言い出したような。
そして彼女の食卓には食物繊維や天然水やハーブティーやらが頻繁に登場するようになった。
女性はそういうちょっとお洒落な健康法? みたいなものが好きな傾向にあるとは思うが、元々太っているわけでもなく、普通に健康で酒と食べる事が好きだった彼女がこんな感じになるとはなあ。
そりゃこんな生活が身体には良さそうだが、正直健康マニアじゃない俺にとっては彼女の生活に合わせるとなるとシンドソウだ。
休日にはヨガとか、勘弁してくれマジで。
こういう事をつらつら考えてしまうのは、勿論訳アリ。
俺、34歳。彼女、29歳。うん、ボヤボヤしてる暇なし。
確かに今の世の中女性の適齢期が上がっているとはいえ、俺の周囲の女性を見てみれば
やっぱり年取ってからの出産、子育てって大変そうなんだよな。
考えりゃすぐ判る事なんだよ。
子供産むのが38歳だったとして、そっから20歳まで育てたら58だよ。
若けりゃそれだけまだ体力もあるし、無理も利くだろう。
30歳がギリギリラインじゃないかと俺は見てる。
そして彼女もそのライン。
でも俺は、その覚悟が無い。
彼女の人生を背負う事は勿論、共に歩く事も、無理だ。
俺は
俺の遺伝子は
この世から消えてしまっても良いと思っているから。
大袈裟?
いや、俺はもう色々欠陥品。
多分生物として終わってる。
学者並みに頭が良いとか、スポーツで活躍しているとか、そんな事は無い全く平凡な男。
別にイケメンでも無いしな。
そんな男の遺伝子を遺したところでねえ。
勿論大多数の人間が俺と同じような立場だという事も解っている。
そしてそんな大多数が幸福かどうかワカラナイが取り合えず結婚して子供を育ててっていう生活をしている事も承知。
そんな生活がとにかく面倒なんだ。想像すら面倒。
面倒が高じてか、ここ数年彼女とシテない。
なーんか性欲湧かないんだよ。終わってるよな。
生物の本能ってヤツ? ないね。
アチコチに俺のタネ落としてーっていう欲求というか自己顕示欲っていうか。
オスとして終わった? 的な。
あーまあ本当にアチコチ落としてたらそれもヤバイけど、生物としては正しいだろ?
人間としてはそれも終わってるけどさ。俺はケダモノじゃないぞ。
ちょっと流行った草食系とは違うと思うんだ。
俺は元々そんな無害そうな人間ではないしな。
だから、彼女もいるんだし。
彼女の事は嫌いじゃない。
健康オタクっぽくなったところは面倒だけどね。
オタクすぎて、出来る限りの食べ物は手作りしてくれる。豆腐とかバターとか。
普段手作りしないだろーみたいなものを。
考えてみれば、俺には勿体無い彼女なのか?
ただ、この健康的過ぎる彼女の生き方が重荷に感じるのか?
ま、結局彼女に問題があるように押し付けて、実際俺のキバがもがれていくような感覚が自信喪失につながってるんだろう。
俺なんか、俺の遺伝子なんかこの世に残らなくてもいい、なんてな。
我ながら飛躍しすぎだ。
ただ、いつまでもこのままダラダラしていく訳にもいくまい。
俺はともかく彼女の人生の選択を誤らせる事は出来ない。
「なあ、サトコ」
俺は化粧っ気の無い彼女の顔をじっと見つめた。
「俺さ、その、俺はこのままでもいいかなあと思ってるんだ」
「は?」
当然怪訝そうな表情をしている。
「いやつまり、このままでいいってのはこのまま付き合って、そしてそのまま結婚とかさ。そういうのを考えてもいい位付き合ってるだろ?」
「そうねえ」
俺より年下のくせに、余裕シャクシャクに見えるのは気のせいか?
「でもこの数年、俺はまあ何と言うか、その、その気になれなくてさ。でもお前の事が嫌いとか飽きたとかそんなんじゃないぞ。ただホントになんかこう、気分が穏やかっていうかさあ」
サトコは「ああ、そんなこと」とでも言いたげな瞳を向けてくる。
何でも見透かしているような、そんな、澄んだ目だ。
「今の私は、ガツガツしてない、毒気が抜けたような貴方が好きよ」
「毒気、ねえ」物は言いようだ。
「多少の毒気があった方が俺らしくないか?」
「いいのよ、今はそれで」
「今は?」
「そう、今は」
見たことの無い笑顔で彼女は言った。
「もう少しで終わるわ。もう少しで元に戻る。そしたらまた、二人でいっぱいお肉を食べに行こう?」
「あ、ああ」
「さ、こっちの豆腐も食べて食べて。今日も勿論手作りよ。大豆イソフラボンって良いのよね。私も沢山食べるから、ね」