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大文藝帝國
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novelistID. 42759
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「静基は優しいから」
「優しくなんかねえよ。きもちわりいな」
 荒っぽい口調に怯えることなんて一切なく、目の前のそいつはにこにこと笑いながら俺を見た。
 同じ顔、同じ肌の色、同じ髪のかたち。
 違うのは髪の色。そいつは地毛のままの黒で俺はそれに逆らうような茶色の筈。そいつにはきっと「髪の毛の茶色い自分」の顔が写っている。「髪の色がまっ黒な俺」を今俺自身が見ているように。
「優しいよ。だって静基、ついてきてくれたじゃん。観覧車」
「それは、お前がチケット買うから」
「そうだっけ?」
 静基が乗って来いよって買ってた気がしたんだけど、と陶季が首を傾げた。正直なところ自分が最終的には買ったような気もするし、そうじゃない気もする。
「まあいっか」
「いいだろ、別に」
 二人同時に諦めの言葉を口にする。同じ色の同じ目がパチッと合った。そのあとどちらからともなく肩を竦める。
「……それで、なんだっけ?」
「ああうん、そう」
 陶季が姿勢を正す。俺は一瞬だけ合った視線をまた逸らした。真正面から受け止めたくなかった。

「俺は静基が好きだし、静基はそれを許してくれるよね。だって静基は優しいから」
 片割れが、夜景をバックにしてそんな脅迫めいた文句を口にする。
 酷いシチュエーションだ、と心の中で毒づいた。
 陶季は俺の感情なんかにはお構いなしに脅迫を続ける。

「……確かに、俺たちは俗に双子って呼ばれる仲なわけなんだけど。でもそれを抜きにしたって、とりあえず俺は静基が好きなんだよ。この観覧車だって静基と乗りたかったし。静基といろんなところに行きたいなあ、静基とあんな話をしたいなあって思う。これって恋だよね?俺はこれを恋だと思う。静基は?」
「俺にそれを聞くとか、やっぱり俺よりお前の方がこええし普通に気持ち悪い。なんでお前同じ顔の人間好きなんだよナルシストか」
 精一杯の茶化しは「うーん、そうかも」という気の抜けた返事で流されてしまう。
 俺の気持ちが陶季には伝わらないように。
 静基の気持ちも俺には分からない。
「静基はナルシスト嫌い?でも俺静基のこと好きなんだけど。中身似てるけど違うから好きだし似てるから好きなとこもあるし。駄目かな」
 ガタン、と不穏な揺れがゴンドラを襲った。何事か、と二人で外を見ると、なんてことはない。頂上に着いただけだった。
「うわあ、綺麗だね、静基」
「おー」
 陶季の我儘に負けて青いゴンドラに乗り込んだ時にはもう街灯もビルの電気も煌々としていたのを思い出す。この時間にこれに乗ることもこいつの計画の一部だったのだろうか。俺と夜景を見るための?もしそうならば俺が陶季に負けることもこいつは予測していたことになるわけだ。

「嬉しいな、なんか恋人みたいじゃない?」
 あくまでも無邪気に、陶季はそんなことを言う。
 じわじわと馬鹿な俺を追い詰めるように。
 髪の毛が茶色いから性格も口調も荒っぽい方が俺で、髪が黒いから大人しくていいやつなのが静基。
 そんな分類。それは確かに正しくて、その通り。
 ――でも逸脱しているのは、確実にこっちの地毛の方だ。
「……もう、なんでもいい。陶季の好きにしろよ」
 時折危なっかしげに揺れる狭い空中の密室の中に俺の声が響く。陶季はその言葉を待っていたと言わんばかりに笑った。
「ほら、やっぱりせーくんは優しい」

 ゴンドラが地上に戻るまであと少し。
 ドアが開いて「お疲れ様でした」と声をかけられて外へ一歩出る。多分、きっと恋人みたいなステップで。陶季が俺の手をとって、行こうよ、楽しかったね、と聞いたことのないような声で。

「うるせえよおにーちゃん。もう俺と口きくな」
 本日二回目の茶化しは、ささやかな抵抗にもならない。
作品名: 作家名:大文藝帝國