不可逆行進曲
女は空を見ているのだろう。道行く人々はそう思うか、そもそも女などまったく意識しないかのどちらかだった。女は空の一点を見つめ、泣いていた。
女が見ていたのは空ではなかった。煙だった。他の人には見えず、彼女にだけ見える、煙だった。
彼女は不器用な女だった。一歩後ろの自分を殺すことでしか進めない、そういう女だった。女は、女の屍の上で、屍のように、また新たな脱皮あるいは変体を遂げるとき、自分を殺し自分に殺されるのであろうと、何かを諦めて生きていた。殺すのも彼女であり、殺されるのも彼女であった。
女の見つめる煙は、火葬の結果生まれたものだった。女はつい先程、その自分殺しを終えたばかりだったのだ。
彼女が燃やし葬ろうとしたのは、思春期だった。まあそれなりに楽しかった、けれど社会に出るために、殺さなければならないもの。
例えば、あの日課題を忘れたこと。
例えば、あの日友人の前で失言したこと。
例えば、あの日先生にアレを見られたこと。
あまりに恥ずかしくて殺したいそれらが女を殺しにかかるから、女は泣きながら殺すしかなかった。女は自分が馬鹿であることを知っていた。
風に揺られて空に溶けていく煙を眺めて、何になるのか。何にもならない。
彼女の思春期が、黒い煙を上げて燻っている。
とある池にはセーラー服が沈んでいる。そのことは誰も知らない。
「あれ、岡村さん。卒業式以来だね。どうしたの、こんなところで泣いて。彼氏にフラれたとか?」
――死にたい。