晩夏の火花
バイト帰りの夜道をぼんやりと歩いていた俺は公園の入口の前で足を止めた。
右手に窪地状に広がっている公園に人影はない。学生の夏休みも終わった９月中旬の深夜だから当たり前か。俺は丸太が埋め込まれた土の階段をゆっくりと降りていき、公園の隅にあるベンチにコンビニ弁当が入った茶色いレジ袋を置いて、もう片方の手に持っていた白い袋の中から花火を取り出した。
処分値下げされていたのを見て衝動的に購入してしまったが、コンビニの自動ドアを出た頃にはもう後悔していた。花火なんて買ってどうするんだ？ 俺にはこれを一緒に楽しむような家族も友達も近くにいないし、最近の同僚とは飲みにすら行っていない。こんな時期に独りで花火遊びをするなんて笑ってしまうほど惨めじゃないか？
そうは言ってもこのまま捨てるのはもったいない。これのために夕飯の弁当をワンランク安いものに変えたのだ。家に帰ってしまったら部屋のどこかに放り投げてそれっきりになる。やるなら今しかない。幸い胸のポケットには煙草用のライターが入っている。花火を捨てるバケツはないが、まあ部屋の中で花火をつけたタテさんよりはマシだろう。全部やるつもりはない。数本やったら帰ろう。
少し冷たさを感じるようになった風に背を向けて花火に火をつけると小さな破裂音と共に七色の光が拡がる。そんな美しい光景を俺は無表情で眺めていた。一本目の花火は周辺住宅の目も気にしてかなり下に向けていたので、二本目は少し大胆に目の高さまで上げてみる。すると、光の向こうに小さな人影が見えたが気がした。一本目の花火を地面に捨てていた俺は少し気まずい気分になったがそのまま続けていると、その人影がこちらに近寄ってくる。花火を見に来たのか、注意しに来たのか、それとも「花火をやらせてくれ」とでも言うのか。この花火が終わったらすぐに立ち去ろうと決めたがなかなか終わらない。気がつくと、その人影は間近まで迫っていた。火花が照らしたその顔を見て俺は息を呑む。それはあの頃と変わらぬ容姿でニヤニヤと笑いながらゆらゆらと近づいてくる。逃げ出そうとしても俺の身体は花火を持ったままピクリとも動かず、背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じながら目をつむることすら許されない。
しかし、それが目と鼻の先に来た時、花火がふっと消えて唐突に静寂が戻った。暗闇の中の見知った顔も跡形もなく消え去っている。身体の自由を取り戻した俺はまだ熱さの残る花火を放り捨て、弁当の入った茶袋を引っ掴むと駆け足で公園を出て、何度も振り返りながらアパートへ帰った。
話はそれだけだ。この花火の思い出は記憶の底に封印され、また明日から変わらぬ日々が続いていく。
俺は明かりを点けて、パソコンでお祈りメールを確認し、温め直したコンビニ弁当を食べ、微かに火薬のにおいが漂う部屋の中で三十代最後の夜を過ごした。