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高濃度のタンパク質

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遠距離恋愛中だった彼氏と別れた。
ただそれだけのことだ。

帰り道、小説が読みたくなって、地下街の本屋で有名な女性作家の短編集を買った。
平日の昼間だというのに、この街には人が溢れている。みんなこんな時間から一体何をしているのだろう。無論、私も彼らからはそう思われているのかもしれない。
私が「彼ら」と呼ぶ不特定多数の人たちから見れば、私だって「彼ら」の中の一人なのだ。ただそれだけのことだ。

寄り道をするつもりが、ぼけっとしていると目的の駅を過ぎてしまった。結局仕方なくいつもの最寄り駅で降り、近所の喫茶店に入った。この地域では老舗で有名な喫茶店である。
コーヒーが飲めない私が唯一飲むことのできるメニューを注文し、イヤホンをする。
最近気に入っているバンドのアルバムを聴きながら、先程の小説を開いた。
耳障りな音で顔を上げると、音楽プレーヤーの画面に電池切れの表示が出ていた。
「使えないなぁ」と思いつつイヤホンを耳から引き抜く。金属アレルギーのせいで荒れてしまった耳たぶが少し痛んだ。じくじくして、一向に治る気配のない6つ目のピアス穴。
音楽プレーヤーも、6つ目のピアス穴も、使えない。
でもこれらを使えなくしたのはまぎれもなく私自身だ。充電をサボったのと、ケアをサボったのと。なんだ、一番使えないのは私じゃないか。
ふと、近くに座っていたカップルの女の子のすすり泣く声が聞こえてきた。
あれ?別れ話?デジャヴ?
こんなよく晴れたなんでもない平日に、別れ話をするカップルがここにもいたのか。

気づくと、注文したミルクコーヒーには溶けた氷の層ができていた。
ストローでかきまぜて、一口飲む。
あの女の子の涙には、高濃度のタンパク質が含まれていただろうか。

私が流した涙には、高濃度のタンパク質が含まれていただろう。
けどそんなこと誰にもわからない。別に誰にもわからなくていいのだ。
「彼ら」から見たら、それは平等に「涙」なのだから。
ただそれだけのことだ。

吸いかけた煙草の火を丁寧に消して、小説の続きを読む。
私が高濃度のタンパク質を排出しようがしまいが、時間が経てば氷は溶け、火のついた煙草は短くなり、今日が終わって明日が来る。
ただそれだけのことなのだ。
作品名:高濃度のタンパク質 作家名:本多奈津